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下張り文書から見つかった松岡小鶴の直筆書簡=福崎町西田原
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下張り文書から見つかった松岡小鶴の直筆書簡=福崎町西田原
書簡には難解な漢語も。当時の女性としては珍しかったとみられる=福崎町西田原
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書簡には難解な漢語も。当時の女性としては珍しかったとみられる=福崎町西田原

 民俗学の父柳田国男の祖母、松岡小鶴(1806~73年)がしたためた直筆の書簡が、兵庫県福崎町西田原の県指定文化財「大庄屋三木家住宅」で見つかった。三木家7代当主の通深に宛て、言葉の意味や漢字の使い方を尋ねている。柳田が生まれ育った松岡家の教養をうかがい知る貴重な資料。当時の女性には珍しく難解な漢語を多用しており、専門家は「差出人を見なければ、男性の書簡」と驚く。

 小鶴は地元で漢学の私塾を開き、大勢の女子生徒を教えたとされる。

 観光施設の開業準備で改修中の三木家の副屋で、ふすまや壁の下張りに使われていた文書から複数の書簡が見つかった。差出人は「文母」。「文」は、小鶴の息子で国男の父の操を指す。その操や孫の鼎らが後に小鶴の詩稿をまとめているが、直筆の文書が見つかったのは初めて。

 「乍突如ナメクジリ美語何ト称候哉」。ある書簡で小鶴は、ナメクジを美しく言い換える言葉を質問。その一つとして「蚰蜒」などの言葉を教わったことへの感謝をつづった手紙もある。

 また、「シンキ」という言葉を耳にしたことがあるとし、意味や該当する漢字を教えてほしい-と願ったものも。小鶴の詩稿にはナメクジについてうたったり、「神機」の字を使ったりした作品が収録されており、詩作のために通深と交わした往復書簡の一部と考えられる。

 下張り文書は計約80枚あり、福崎町教育委員会と神戸大が共同研究を進めている。同大大学院人文学研究科の井上舞特命助教(40)は「国男の回顧録『故郷七十年』に小鶴に関連する記述があり、裏付けも期待できる」としている。

 書簡の一部は4月に三木家住宅で展示される予定。(井上太郎)

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