西播

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古大内式の軒丸瓦が見つかり、高田駅家と確定した=上郡町佐用谷
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古大内式の軒丸瓦が見つかり、高田駅家と確定した=上郡町佐用谷
瓦溜から大量の瓦が見つかった辻ケ内遺跡の発掘現場=上郡町佐用谷
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瓦溜から大量の瓦が見つかった辻ケ内遺跡の発掘現場=上郡町佐用谷

 兵庫県立考古博物館(播磨町)は9日、同県上郡町佐用谷の辻ケ内遺跡が古代山陽道の高田駅家と確認された、と発表した。播磨国の山陽道には9駅があったとされ、今回の発掘調査で6駅目が判明した。

 古代山陽道は都と太宰府(福岡県)を結ぶ幹線道路で、7~8世紀に律令国家が整備した。駅家は往来する役人や外国の使節が泊まったり、馬を乗り継いだりする中継施設で、播磨国では15里(約8キロ)ごとに設けられた。

 播磨にあったとされる駅家は、明石、邑美(明石市▽賀古(加古川市)▽佐突、草上、大市(姫路市)▽布勢(たつの市)▽高田、野磨(上郡町)-の九つ。これまでの発掘調査で邑美、賀古、大市、布勢、野磨の五つの所在地が確定していた。

 辻ケ内遺跡は、古代山陽道沿いとみられる水田に位置する。瓦が出土し、布勢と野磨の駅家の中間に位置することから、県立考古博物館は「高田駅家の可能性がある」とみて今年2月19日に発掘を始めた。水田の地下約70センチから奈良時代の瓦が捨てられた瓦溜が見つかり、中でも駅家で使われた古大内式の軒丸瓦が発見されたことから、高田駅家と確定した。

 同博物館の中村弘学芸課長は「現在は田園風景が広がっているが、かつては地元の有力者が駅家の維持管理を担い、官庁街としてにぎわっていた。残る三つの駅家も地道に調査を続け、所在地を確定させたい」と話した。(伊藤大介)

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