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看板商品「チャンポンめん」をアピールする伊藤充弘社長。一番消費者に刺さった自虐フレーズは「同情するなら食べてくれ! かな」=たつの市揖西町小神
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看板商品「チャンポンめん」をアピールする伊藤充弘社長。一番消費者に刺さった自虐フレーズは「同情するなら食べてくれ! かな」=たつの市揖西町小神

■兵庫県たつの市、イトメン社長・伊藤充弘さんにインタビュー

 「残念な会社」「2番じゃだめですか?」「同情するなら食べてくれ!」。播州で知らぬ者はいない即席麺「チャンポンめん」の製造元イトメン(たつの市)は、表向きそう言ってはばからない。今から62年前。世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が誕生した直後、イトメンも負けじと即席中華麺を世に出した。会社設立から今春で70年。“自虐”の裏に秘めた戦略は? 伊藤充弘社長(64)に聞いた。(段 貴則)

    ◇    ◇

Q:会社設立前の製粉業の創業から数えると75年。長寿企業となった秘訣(ひけつ)は。

A:石橋をたたき壊して、絶対渡らない会社やね。バブル期も派手なことに手を出さんかった。70年も会社が続いた背景には、そういうこともあるんやろうね。うちは同族経営。欲がなくて従業員が和気あいあいと働ける会社になれば、今の時代、逆に同族経営というのは強い。

 主要な販売エリアは、北陸・名古屋から西。でも京阪神は除く。九州なら鹿児島。『ほな、どこで売ってんねん』と言われそうやけど、昔から売れる地域が限られている。まず北陸。味が合(お)うたという人が多い。島根なら浜田の近辺がよく売れる。広島なら呉、山口なら岩国、四国なら新居浜とか。どこも近隣の人口の多い街より売れる。あとね、神戸ならピンポイントで新開地周辺。昔は、それぞれ地元で大きなシェアを持つ地方の問屋がたくさんあって、力を入れて売ってくれていた。問屋に恵まれたいうことやね。

    ◇    ◇

Q:地元での知名度は抜群。全国区を目指す考えは。

A:イトメンの商圏は人口減少が甚だしい。もっと広域に営業活動できる体制にせないかんし、まずは京阪神に出て行かないといかん。ロードマップをつくり、食習慣に入れてもらえるよう取り組みを展開している。

 京阪神の先に、一番大きな首都圏がある。今、商品を扱ってくれるのは、珍しい商品を扱うディスカウント店ぐらい。実は私が会社に入る前、関東にも工場があった。結局それほどシェアがとれず、引き上げた。それから進出していない。

 資金力のある大手には売り負ける。うちはファンに支えられている。新たな商圏でうちの商品を食べる習慣が根付くには、20年以上かかるが、ファンを増やす営業をやり続ける。

    ◇    ◇

Q:「残念な会社」などの自虐的なアピールは、ファン獲得に効果を上げているのでは。一方で「幸せ創造企業」という看板も。

A:「残念な会社」というのは、私や従業員、会社の性格に合っている。仕事は楽しい方がいい。おもろい言うて、笑うてもらえる方がいい。染みついとんやろね。「ウケてナンボ」というのが。

 「幸せ創造企業」にしたのは、10年くらい前かな。一応考えたのは私やと思うんやけど。目指すのは、麺のある食卓を通じ、幸せの象徴である家族団らんを届けること。もっと格好いい名前にできんかという声もあったが、横文字は分からんし。口に出して言うことで、イトメンの企業像がしっかりし、私も従業員も自覚して行動できるようになる。だいぶなじんできた。

 地元企業として、雇用創出が大きな責任やと思っている。手延べそうめんづくりは人海戦術やけど、即席麺の工場は機械化が進み、どんどん人が減っている。会社自体を大きくしないことには、従業員を増やせない。ある程度、京阪神で販売が増えれば、新工場の建設も考えている。

【いとう・みつひろ】1956年、龍野市(現たつの市)生まれ。関西学院大卒業後、イトメンに入社。業務部長、常務を経て2003年5月、社長に就任。県乾麺協同組合副理事長、日本即席食品工業協会監事。インターネット上には、商品PRのため、自ら出演した自虐動画も。

【データ】イトメン 1945(昭和20)年、製粉業で創業。50年、前身の伊藤製粉製麺を設立し、小麦粉乾麺の製造を開始した。58年に即席中華麺「トンボラーメン」、63年には「チャンポンめん」を発売。食塩を加えない無塩製麺法が特徴。資本金6930万円、従業員100人。

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