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井田遺跡から出土した土師(はじ)器=有年考古館
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井田遺跡から出土した土師(はじ)器=有年考古館
出土した遺物など約200点が並ぶ会場=有年考古館
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出土した遺物など約200点が並ぶ会場=有年考古館

 兵庫県赤穂市有年楢原の有年考古館で、企画展「発掘された有年-区画整理事業に伴う発掘調査の成果」が開かれている。約20年にも及ぶ調査を通じ、縄文時代からの地域の歴史を分かりやすく説明。有年原・クルミ遺跡と、東側の有年牟礼・井田遺跡で出土した縄文土器や大避(おおさけ)神社跡の遺物など約200点を展示する。(坂本 勝)

 市教育委員会はJR有年駅周辺の区画整理に伴い、1995年度から調査。2万1500平方メートルに及ぶ発掘を2017年度に終えた。井田遺跡では近畿と吉備の異なる文化圏の縄文土器が見つかり、祭器として使われた滑石製紡錘車(かっせきせいぼうすいしゃ)も出土した。クルミ遺跡では「奥津家(おくつけ)」と墨で書かれた須恵器が見つかった。「家」は古代の役所を意味する。

 最古の遺物はクルミ遺跡から出た約4400年前の土器。井田遺跡でも約3500年前の土器が見つかった。一方、両遺跡とも縄文期の遺物自体は少なかった。この当時の人々は狩りや漁のためにすぐに移動し、大きな集落がなかった影響とみられる。

 約2200年前の弥生時代には日常使われた土器が大量に捨てられ、井田遺跡に大きな集落があったことが分かった。千種川支流の矢野川は洪水を繰り返し、湿地帯が広がっていた。

 古墳時代の痕跡としては、湿地帯や矢野川の岸辺で祭祀(さいし)跡が見つかった。室町時代に矢野川は現在の有年駅北東で北へ大きく蛇行。相次ぐ洪水で、クルミ遺跡の集落は人が住まなくなった。

 江戸後期には、矢野川堤防沿いに大避神社が建立されたが、たびたび洪水に遭い、明治期に有年牟礼八幡神社へ合祀(ごうし)された。

 山中良平学芸員は「何度も洪水に遭いながら人々は矢野川沿いに住み続けてきた。区画整理で様変わりしても発掘記録に残る土地の歴史を忘れないでほしい」と話す。

 7月5日まで。午前10時~午後4時。無料。火曜休館。有年考古館TEL0791・49・3488

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