斎藤氏は… 暮らしたのは小学生まで 兵庫県のことが分かるのですか?

2021/06/18 23:10

「離れていても、兵庫の人とのつながりを大切にしてきた」という斎藤元彦氏=神戸市中央区

 【質問】兵庫県知事選に立候補を表明している斎藤元彦氏(43)=自民、維新推薦=は神戸市須磨区出身ですが、兵庫県内で暮らしたのは小学生までで、中学進学から総務省を退職した今年3月までほぼ県外で暮らしたと聞きました。兵庫県や県政のことが分かるのですか。 関連ニュース 兵庫県知事選、期日前投票所を増設 神戸市中央、長田区で各1カ所 西村担当相、街頭演説で陳謝「私の発言でご迷惑をお掛けして反省している」 障害者がより輝ける社会に 就労支援充実へ、県知事選論戦に期待

 斎藤氏は神戸市の若宮小学校を卒業後、中学、高校は松山市の愛光学園に進学し、寮生活を送りました。神戸での予備校生活を経て東京大学経済学部に進み、総務省入省後は兵庫県での勤務経験はありません。
 一方、神奈川県出身ながら兵庫県庁に15年間勤務した金沢和夫氏(64)は事務所開きのあいさつで「県のことを知っているからこそ、何を守り、変えるかをしっかり判断できる。県のことを知らずして、いたずらに変えようということは絶対にあり得ない」と斎藤氏をけん制しました。
 それに対し、斎藤氏は「総務省に入った時から、いずれ兵庫のために尽くしたいと思っていた」と話し、「大学進学以降も年4、5回は兵庫に戻り、各地で人との出会いを重ねてきた」と強調。「実家が神戸でケミカルシューズ製造業を営んでいたので、地域の実情は把握している」といい、大阪府財政課長だったこの3年は、個人的に兵庫にも人脈を広げたといいます。
 兵庫県政についても、宮城県に出向していたころ、兵庫県が宮城県の被災地支援を担っていた縁で兵庫県職員とつながりができ、「兵庫の現状や課題をよく聞いていた」と話します。
 また、斎藤氏は総務省時代に出向した先々で、「日本の縮図」といわれる兵庫県に通じる地域の課題を実感し、住民や職員との対話を重視する姿勢を学んだといいます。
 29歳で出向した新潟県佐渡市では市役所のナンバー3として、合併後のまちの統合や、将来ビジョンの策定を主導したといいます。2011年に派遣された福島県飯舘村では、東京電力福島第1原発事故に伴う全村避難後の防犯パトロール隊づくりに従事しました。
 ちなみに、元官僚がしばらく離れていた出身府県の知事に就任するのは珍しくありません。近畿では、元復興庁事務次官の西脇隆俊・京都府知事(65)や、元経済産業省官僚の仁坂吉伸・和歌山県知事(70)の例があります。
(斎藤氏担当・大島光貴)

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