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台風に襲われたフィリピンの被災地で、障害者らの話を聞く堀尾麗華さん(右手前)=2015年11月(堀尾さん提供)
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台風に襲われたフィリピンの被災地で、障害者らの話を聞く堀尾麗華さん(右手前)=2015年11月(堀尾さん提供)
フィリピンの台風被災地での調査について母校で講演する堀尾麗華さん=西宮市池開町、武庫川女子大中央キャンパス
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フィリピンの台風被災地での調査について母校で講演する堀尾麗華さん=西宮市池開町、武庫川女子大中央キャンパス

 東日本大震災を機に、障害の有無に関わらず命を守る防災や緊急支援の在り方を、英国の大学院で研究する女性がいる。西宮市出身の堀尾麗華さん(24)。東北地方の言い伝え「津波てんでんこ」は共倒れを避けるため「てんでんばらばらに逃げろ」という意味で、震災後にその重要性が指摘された。だが、逃げ遅れてしまう災害弱者がいる。どうすれば命を守れるのか。答えを求め、各地の被災地を訪ね続ける。

 小学生の時から国際協力に関心があった堀尾さんは、武庫川女子大(西宮市)在学中に米国の大学へ留学。授業の一環で訪れたアフリカ・ガーナで障害のある子どもが川辺に捨てられる現実を目の当たりにし、「開発と障害」を研究テーマに選んだ。

 そんな時、東日本大震災が起きた。友人の母親が岩手県陸前高田市で津波に流され亡くなったことを知り、留学から戻った2014年7月、初めて同市を訪問。仮設住宅の自治会長や漁師らに話を聞いた。その中で、多くの人が口にした津波てんでんこの大切さ。ただ、堀尾さんは「それでは障害のある人は助からない」と思った。

 自身の父親も目の病気「網膜色素変性症」を患い、失明する恐れもある。近い将来の発生が懸念される南海トラフ巨大地震のとき、父親を置いて自分だけで逃げるのか。自問自答した堀尾さんは「助ける方法を考えたい」と、障害に関する研究で世界から高く評価されている英リーズ大大学院に進学した。

 昨年は国連児童基金(ユニセフ)のインターンシップでフィリピンへ。13年の台風で6千人以上の死者が出た被災地で障害者35人を捜し、聞き取り調査をした。台風が来ることさえ知らなかった聴覚障害者や、行政からの支援が何も受けられないまま何とか生きてきた視覚障害者がいた。仮設住宅で暮らす身体障害者は、調査に対し「自分の存在を分かってもらえたことがうれしい」と漏らした。

 現在西宮に帰省している堀尾さんは、今年夏の大学院修了に向け、東日本大震災での障害者の状況などについて論文を執筆する。近く陸前高田市をあらためて訪れる予定だ。堀尾さんは「将来は国際機関で働き、国際協力の分野で研究を生かしたい」と話す。(高田康夫)

 【宮城の死亡率 全住民比2倍 「避難訓練と人間関係不可欠」識者】

 東日本大震災では、宮城県の沿岸13自治体だけで障害者手帳所持者の1027人が亡くなったというデータ(障害者支援団体「日本障害フォーラム宮城」調べ)がある。震災を教訓に改正された災害対策基本法では、自力で避難が難しい「避難行動要支援者」の名簿作成が自治体に義務付けられ、個別支援計画を作ることも盛り込まれた。だが避難の実践には、普段からの人と人とのつながりが欠かせない。

 同志社大社会学部の立木茂雄教授(福祉防災学)によると、宮城県の障害者死亡率は全住民の死亡率に比べて約2倍。一方、岩手県や福島県の障害者死亡率は1・2倍以下だった。宮城県は障害者や高齢者が自宅で生活できるよう施策を展開し、在宅の割合が他県より高かった上、入所施設も便利な海辺に数多く立地していたため、死亡率が高まった可能性があるという。

 立木教授は「宮城県の施策の方向性は間違っていないが、平時しか考えていない在宅福祉だった」と指摘。「遠回りのようだが、地域の催しなどで普段から人間関係をつくっておくことが防災への近道だ」とする。

 「津波てんでんこ」を提唱した岩手県の津波研究家、故山下文男さんも生前、とっさの助け合いは混乱して共倒れを招くことから、日頃から地域で弱者の安全確保と役割分担を決め、訓練しておくことの重要性を訴えていた。(阿部江利、高田康夫)

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