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「明石山」と刻印された約5センチの記念メダル
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「明石山」と刻印された約5センチの記念メダル
学生ボランティアから遺品を受け取る西川慶子さん(中央)=兵庫県稲美町加古
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学生ボランティアから遺品を受け取る西川慶子さん(中央)=兵庫県稲美町加古
津村重治さん(遺族提供)
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津村重治さん(遺族提供)

 太平洋戦争末期の沖縄戦で亡くなった神戸市西区出身の男性の形見を、戦争遺品や遺骨の収集・返還に取り組む学生ボランティアらが沖縄県糸満市で発見し、兵庫県稲美町で暮らす一人娘に返した。従軍中に出場した相撲大会の記念メダルなど3点。郷愁のこもった遺品が70年以上を経て遺族の元へ戻った。(辰巳直之)

 見つかったのは旧陸軍伍長の津村重治さん=当時(27)=の遺品で、娘の西川慶子さん(74)=稲美町加古=に返された。津村さんは1941年10月、生後1カ月だった西川さんら家族を残し、同県姫路市で編成された部隊に召集された。

 メダルは真ちゅう製で、表面には津村さんの名の隣に、しこ名とみられる「明石山」と刻印されている。住んでいた神戸市西区平野町は当時、明石郡平野村。西川さんは「故郷の地名をしこ名にしたかったのでしょうね」と話す。

 相撲大会が開催された場所は不明だが、44年5月に開かれた。各部隊対抗で、部隊の代表者らが出場する大会が行われていたとの記録があり、その一つとみられる。津村さんは故郷ゆかりのしこ名を名乗り、土俵に上がったようだ。そして45年6月、激戦地だった糸満市の陣地壕(ごう)で命を落とす。

 それから70年余り。今年2月、関西大の学生川原稜平さん(20)=大阪府柏原市=ら学生ボランティアが陣地壕の入り口付近でメダルを発見。近くに軍服用とみられるボタン2個もあった。糸満市の平和祈念公園にある戦没者のデータベースなどから遺族が分かった。

 沖縄で遺骨などの収集を約15年間続け、2月の活動にも同行したボランティアの浜田哲二さん(53)=青森県深浦町=は「兵士の身元を示す公的な『認識票』はたまに発見されるが、私物から個人を特定できたのは極めて珍しい」と説明する。

 学生ボランティアから遺品を手渡された西川さんは「『娘に会いたい。故郷に帰りたい』という父の願いが、発見につながったのかも」と涙ぐんだ。遺品を持って神戸市西区を訪れ、父の名前が刻まれた墓代わりの石碑を前に「見つかったよ。やっと一緒に暮らせるね」と声を掛けた。

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