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震災死者の名前の読み上げを企画した高原耕平さん(前列左から2人目)ら=神戸市長田区二葉町7(撮影・中西大二)
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震災死者の名前の読み上げを企画した高原耕平さん(前列左から2人目)ら=神戸市長田区二葉町7(撮影・中西大二)

 阪神・淡路大震災から22年となるのを前に、神戸市東灘区出身の大阪大大学院生、高原耕平さん(33)が、震災で亡くなった人の名簿作りを進めている。震災では6434人が亡くなったが、その名簿はない。高原さんらは一人一人の死を見つめ直そうと、16日夜から17日にかけて、「名を呼ぶ日」として、名簿に掲載した5586人の死者名を読み上げて追悼する。

 高原さんは神戸市東灘区の森南地区に住んでいたが、震災前年に転居。震災で森南地区は壊滅的な被害があり、同級生も亡くなった。ただ、震災時は小学5年生で、「自分の知らない間に復興が進んでいた」。

 高原さんが再び震災に目を向けたのは、東日本大震災がきっかけだ。それまで大学で哲学を研究していたが、「神戸での宿題がそのままになっていたのではないか」と思った。阪神・淡路に軸足を置き「心のケア」などを問い直す研究を始めた。追悼行事にも足を運び、「6434人と簡単に言うが、名前を呼ぶことで事実に向き合うことができるのではないか」と感じた。

 ただ、名簿はない。直後に各新聞社が紙面に掲載した死者の名前はあったが、読み方は分からず、その後に市町から震災関連死に認定された死者なども入っていない。震災死をめぐり、「根本的な事実があいまいになっている」と分かった。

 文献などから名前をノートに写すと10冊にもなった。分かる範囲で読み方を確認し、今後、遺族に直接理解を得ようと考えている。作業は何年にも及ぶ見通しだ。

 16日夜から17日にかけては、大学生ら9人のメンバーだけで、5586人の名前を読み上げる。震災で兄井上達雄さん=当時(42)=を亡くした神戸市長田区の北条あおいさん(60)もその一人。北条さんは「忘れることが、亡くなった人に対して罪なことだと思うので参加した。名前を呼んでみると、当時がよみがえってくる」と話す。

 名前を読み上げた後の17日午前10時~正午には、神戸市長田区二葉町7のふたば学舎で、一般公開のサロン「1・17その日の迎えかた、受けとめかた」を開催。死者の名前を声に出すことの意味や追悼のあり方などについて、一般から参加者を募って意見交換する。ふたば学舎TEL078・646・8128

(高田康夫)

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