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「兄の僕より前を歩く女の子。生きてたら、どんな大人になってたかな」。山下彩花ちゃんへの思いを語る幸太さん=15日夜、神戸市須磨区
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「兄の僕より前を歩く女の子。生きてたら、どんな大人になってたかな」。山下彩花ちゃんへの思いを語る幸太さん=15日夜、神戸市須磨区

 1997年に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件から20年。小学4年の山下彩花ちゃん=当時(10)=が襲われた16日を前に、兄幸太さん(33)が初めて取材に応じた。当時は中学1年生。理不尽な妹の死を受け入れきれず「『元から一人っ子だった』と考えるようになっていた」と振り返る。加害男性(34)については「今は何も思わない。憎んだところで彩花は帰ってこない」と話した。

 「彩花ちゃんが大けがをしたので病院に行っています」。97年3月16日夕、野球部の練習を終えて帰宅した幸太さんは玄関の張り紙に目を疑った。活発だった彩花ちゃんのけがは珍しくなかったが、不安になった。

 近所の人に付き添われて病院に向かったが、対面した彩花ちゃんは顔が腫れ上がっていた。変わり果てた姿に泣きじゃくった。回復を信じ連日付き添ったが、1週間後に亡くなった。

 引っ込み思案な自分とは正反対だった彩花ちゃん。けんかもよくしたが、頼もしくも感じていた。ただ、印象的な思い出を頭に浮かべることができない。「事件を消化できず、彩花とのことを記憶に残さないようにしていたのかもしれない」

 年齢が一つしかかわらない加害男性に対しては当初、「同じことをしてやりたい」と憎しみを持ったが、「自分の生活を大切にしたいと考えるようになり、次第に何の感情も持たなくなった」という。

 事件後の幸太さんは、音楽会の指揮者に立候補するなど活動的な振る舞いで周囲を安心させたが、その反動からか高校、大学時代は生活が乱れ、母京子さん(61)と深い溝ができた。

 「『彩花の分までがんばって生きてほしい』と、こちらの思いを押しつけすぎた。一番つらい思いをさせた」と京子さん。幸太さんも「親からの期待にどう応えていいか分からず、反発があったのだと思う」という。

 社会人になり母との関係を取り戻してからは、命の大切さを伝える講演などボランティア活動を続ける両親に共感する。「『人のために』という2人の思いを引き継いでいきたい。子どもを亡くした両親にできる親孝行は、自分が幸せに生きること」。そう考えている。(初鹿野俊、石川 翠)

【神戸連続児童殺傷事件】1997年2月、神戸市須磨区で小6女児2人が頭部を金づちで殴られ、3月16日には小4の山下彩花ちゃん=当時(10)=が頭部を金づちで殴られ、1週間後に死亡。同日、小3女児も腹部をナイフで刺された。5月24日には小6の土師(はせ)淳君=同(11)=が殺害された。兵庫県警は6月28日、殺人容疑などで中3の少年=同(14)=を逮捕。少年は関東医療少年院に収容され、2005年に退院した。

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