社会社会shakai

  • 印刷
神戸新聞NEXT
拡大
神戸新聞NEXT
受け継いだ繊維会社で社長として働くスービさん=大阪市中央区
拡大
受け継いだ繊維会社で社長として働くスービさん=大阪市中央区
一族で最初に神戸に移り住んだエザット氏(デビス家提供)
拡大
一族で最初に神戸に移り住んだエザット氏(デビス家提供)
1950年代、交流のあったシュウエケ家で、近隣住民らと写真に納まるフォアード氏(最前列の左端)
拡大
1950年代、交流のあったシュウエケ家で、近隣住民らと写真に納まるフォアード氏(最前列の左端)

 はるか中東からシルクロードを経て神戸に渡り、100年後の今も暮らし続ける一族がいる。貿易商として、開港150年目を迎えた神戸港とともに発展してきたデビス家だ。現当主スービ・デビスさん(53)の父が半世紀前、シリアに建てた繊維工場は今、内戦による戦火にさらされる。「いつか父が建てた工場を訪ねたい」。神戸で生まれ育ったスービさんは、一族の祖国に平和が訪れるのを切望する。(小西隆久)

 1917年春、スービさんから見て祖父の弟になるエザット・デビス氏が、上海から船で神戸に降り立った。デビス家はもともとシリア・ダマスカス出身。生地を扱う貿易商で、レバノンのベイルートを拠点とした。エザット氏は良質の綿を求めて神戸にたどり着いたという。

 外国人居留地で、紡績会社から買った生地を英国へ輸出する仕事を始めた。エザット氏は弟のアブドゥル・ハディ・デビス氏を呼び寄せ、32年に貿易会社を設立。神戸外国人倶楽部や「神戸レガッタ&アスレチッククラブ」の会員となり、神戸の暮らしを満喫した。

 第2次世界大戦では貿易事業の停止に追い込まれた。空襲から逃れるため、神戸・北野に住んでいたシュウエケ家など近隣の住民らと、北区にある別荘へ終戦まで疎開したという。

 50年にスービさんの父フォアード・デビス氏(1929~2006年)が来日。海外ブランド品の販売代理店業も始めた。59年には、シリア・ダマスカスに従業員約5千人の繊維工場を設立したが、現政権に国有化され、従業員らの現状も分からないという。

 デビス家は戦後、神戸中心部や東京などで広大な土地を購入。ピーク時、異人館がある中央区山本通や旧居留地などに数万坪以上の土地を所有し、今でも「デビス」の名を冠した立体駐車場などを経営する。88年にアブドゥル・ハディ氏が高額納税者全国1位になったこともあった。

 「一族が神戸とともに歩んできたから今の自分がある」とスービさん。今月26日には欧州やブラジルなどにいる一族、関係者約200人を神戸に招き、来神100周年記念パーティーを開く。神戸への感謝に、祖国の復興支援への思いを重ねるために。

社会の最新
もっと見る

天気(11月23日)

  • 15℃
  • ---℃
  • 10%

  • 13℃
  • ---℃
  • 70%

  • 15℃
  • ---℃
  • 10%

  • 15℃
  • ---℃
  • 10%

お知らせ