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年代測定で埋納時期が特定された松帆4号銅鐸(南あわじ市教委提供)
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年代測定で埋納時期が特定された松帆4号銅鐸(南あわじ市教委提供)

 銅鐸は、豊作や集落の安全を祈る祭りに用いられた「祭器」とされる。ベルとして音を鳴らす「聞く銅鐸」から、次第に大型で装飾された「見る銅鐸」へと変化していった。

 埋納時期については、当初は古墳時代へと移る弥生後期末(2世紀)に一斉に埋められたとの説が主流だった。しかし1970年代半ば、弥生末期だけでなく、弥生中期末(1世紀初頭)にも埋納のピークがあったとする「2段階埋納説」が唱えられ、近年有力となった。弥生中期末ごろ、近畿では平野部の大規模集落が解体されるなど社会構造が大きく変化し、「聞く銅鐸」が役割を終え、埋められたと考えられている。

 松帆銅鐸は7個すべてが、古い型式(弥生時代前期末~中期前半)の「聞く銅鐸」。今回の分析結果は、「聞く銅鐸」が埋納されたとされる弥生中期末よりも、大幅に古い時期に埋められた可能性を示し、銅鐸の埋蔵の意味を巡り論議を呼びそうだ。

 森岡秀人・関西大非常勤講師は、埋納時期が「2段階」よりさらに分かれていたとする「多段階埋納説」を提唱。松帆銅鐸が、銅鐸の一括埋納の最初期の例ではないかと推測していたが、今回の結果はその説を後押しするものとなった。

 銅鐸は、音を鳴らすための舌を欠いた状態で埋められた例が大半だが、松帆銅鐸は舌を伴って発見されている点などが異例。最も古い原初的な埋納方式ではないか、と森岡非常勤講師はみている。

 銅鐸が埋納された理由は、祭りのあり方が変化し不要となったため▽邪悪なものがムラに入らないよう境界に埋められた-などの説がある。松帆銅鐸は海岸付近に埋められた可能性が高く、航海の安全を祈る祭りがあったのではと、との意見もある。(堀井正純)

     ◇

 兵庫県南あわじ市教育委員会は年代測定分析を終え、今後は銅鐸や舌の鉛同位体比分析、舌をつるしていたひもの成分分析などを行う。

 同市教委は25日午後1時半から、市民講座を同市広田広田の広田地区公民館で開き、今回の成果を報告する。200円。当日先着40人。市埋蔵文化財調査事務所TEL0799・42・3849

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