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事件当時の記憶と由貴子さんへの思いを語る山上真佐子さん(右)と夫の利文さん=神戸市北区
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事件当時の記憶と由貴子さんへの思いを語る山上真佐子さん(右)と夫の利文さん=神戸市北区

 事件から半世紀。「犯人は一体どういうつもりだったのか。大事な妹を奪われたことが悔しい」。吉田由貴子さん=当時(24)=を失った姉の山上真佐子さん(80)=神戸市北区=が神戸新聞社の取材に初めて応じ、胸の内を明かした。

 由貴子さんは5人きょうだいの四女。香港を1人で旅行するほど活動的で、絵を描くことや洋裁が大好きだった。事件のあった日は、用事があった西宮市から相生市の自宅に帰る途中。神戸市垂水区に住む一番上の姉の家に寄るために列車に乗っていた。

 悲報を知らされた真佐子さんは動転する気持ちをなんとか落ち着かせ、夫の利文さん(84)や幼い2人の子どもを伴い、当時住んでいた尼崎市からタクシーで相生市の実家へ向かった。最悪の事態を想定し、喪服を持って帰った。

 事件後、母いわのさんは亡くなるまで30年以上、季節の花々を手に娘の墓前に毎朝通った。父忠臣(ただおみ)さん(故人)は、賠償請求を勧める親族に「山電も被害者や。そんなことしても由貴子は帰ってこないよ」と死ぬまでそんなそぶりは見せなかったという。

 事件当日の朝。由貴子さんと公衆電話で話した。真佐子さんが「うちに寄って」と話す直前、10円玉が足りず電話が切れた。利文さんは「10円玉がもう1枚あれば由貴子は助かったかもしれない。だけど、こればかりは運命だから」。

 真佐子さんは、電車内での事件やテロなどが報道されるたびに「もう繰り返してほしくない」と願わずにはいられない。「生きていたら同じように年を取り、いろんなとこへ旅行にも一緒に行けたのに」。由貴子さんが残した宝物のスケッチをじっと見つめる。(杉山雅崇、小西隆久)

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