総合総合sougou

  • 印刷
明石玉のかんざしを手に取る竹中敏幸さん=明石市大久保町八木
拡大
明石玉のかんざしを手に取る竹中敏幸さん=明石市大久保町八木
明石玉の製造に使われたとみられる道具。玉子焼(明石焼)を調理する銅板によく似ている=明石市大久保町八木
拡大
明石玉の製造に使われたとみられる道具。玉子焼(明石焼)を調理する銅板によく似ている=明石市大久保町八木

 ご当地グルメでまちおこしをする祭典「B-1グランプリ」の西日本大会が25、26日、兵庫県明石市の明石公園で開かれる。全国大会でも好評を得た明石焼は、地元では「玉子焼」と呼ばれ、そのゆえんが模造サンゴの装飾品「明石玉」とされるのをご存じだろうか。地元の骨董(こっとう)品収集家らは明石玉の私設展示場を開設し「B-1を契機に全国区に」と意気込む。明石玉とはいかなるものなのか?(藤井伸哉)

 明石玉は江戸時代末期、明石に滞在したべっ甲職人が、冬場に鶏卵が割れて寒さで卵白が固まったことをヒントに考案。卵白を接着剤に、硝石などを混ぜ固めて創作したのが始まりとされる。かんざしや髪飾りなど安価で庶民的なアクセサリーとして重宝され、戦前までは地場産業として栄えた。1889(明治22)年の官報によると、12カ所に職人が計44人おり、55万900個が製造されたという。

 同市などによると、玉子焼は江戸時代末期、明石玉を製造する際に余った黄身を活用し誕生したとされる。大正時代には商売として成立しており「たこ焼きよりも歴史がある」と同市。

 明石観光協会の観光ガイド小栗秀夫さん(77)=明石市大久保町=と元ガイドの前田純一郎さん(82)=神戸市垂水区=は「明石玉を探そう会」を結成し、2015年に明石玉に関する調査を開始。地元の骨董品などを集める竹中敏幸さん(69)=明石市大久保町=も加わり、明石玉の装飾品収集や史料分析を進めた。

 今年3月、装飾品が多数集まったことから、竹中さんが営む鉄工所の一部を改修し、約5平方メートルの展示場「明石玉庵(ぎょくあん)」を開設。明石玉そのものやかんざしなどの装飾品、明石玉の製造に使われたとみられる道具など計約100点を展示した。

 明石玉にはさまざまな製法があり「手軽な装飾品だったため、廃棄されるなど現存品や史料などが少ない」という。全国各地で似たような装飾品が生産されていることから「これぞ明石玉」と判別するにはさらなる史料が必要で、3人は情報提供を呼び掛ける。

 展示場見学は要予約。竹中さんTEL078・934・5489

総合の最新
もっと見る

天気(12月18日)

  • 8℃
  • 2℃
  • 10%

  • 8℃
  • -3℃
  • 20%

  • 8℃
  • 2℃
  • 0%

  • 9℃
  • 0℃
  • 10%

お知らせ