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2代・久我通城(左)と初代・伊藤博文=兵庫県政資料館
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2代・久我通城(左)と初代・伊藤博文=兵庫県政資料館
長らく久我の額縁は空白のままだった=兵庫県政資料館
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長らく久我の額縁は空白のままだった=兵庫県政資料館

 兵庫県公館県政資料館(神戸市中央区下山手通4)に並ぶ歴代知事の写真で、唯一欠落していた2代知事の肖像が今年、加わった。公家出身の久我通城(こがみちき)。混乱期、わずか40日ほどの在任で、長らく“幻の存在”だった。県政150年の節目を控え、長年の空白がようやく埋められた。(田中真治)

 同館は1985年にできたときから歴代知事の写真を展示し、現在は現職を除く37人が並ぶ。写真は出版物からの複写や遺族からの寄贈などでそろえたが、2代知事の久我だけが見つからないままだった。

 兵庫県は1868年5月(旧暦)、兵庫津周辺の旧幕府領を母体に誕生した。初代知事の伊藤博文は、版籍奉還などを説いた建白書が守旧派の反発を招き、翌年4月に辞職。その後を受けたのが、柏崎県(現在の新潟県)の廃止により同県知事を退任して間もない久我だった。

 ところが、久我は赴任することなく、5月には願いにより免官。華族となり、「北畠通城」と改称して後半生を送った。県政資料館によると、就任や退任の経緯を含め、久我に関する資料はほとんどないという。

 久我の写真を見つけたのは、近現代史に関する画像情報サイト「ジャパンアーカイブズ」を運営する安井裕二郎さん(61)=芦屋市。歴史的人物の肖像を集める過程で、4500人以上の皇族や高官の肖像を収めた「明治十二年明治天皇御下命『人物写真帖』」の中に北畠通城を確認した。

 県は、安井さんの情報提供を受け、高官の経歴や官制の記録文書「百官履歴」「太政類典」などで、久我と北畠が同一人物と推定。所蔵元の宮内庁三の丸尚蔵館から写真のコピーを取り寄せ、今春、額に収めた。

 安井さんは「県政150周年のタイミングで、歴代知事の写真がそろってよかった」と話す。

 日、祝日と、29日~1月3日休館。無料。県庁代表(TEL078・341・7711)から県政資料館へ。

 ■こが・みちき(1849~88年) 内大臣久我建通を父に生まれ、維麿から通城(「みちしろ」「みちくに」とも)に改名。70年、華族に列せられる。71年に北畠に改称し、南朝に仕えた北畠親房らをまつる福島県の霊山神社宮司を務めた。

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