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「御葬儀実況」の一場面
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「御葬儀実況」の一場面
「御葬儀実況」のタイトルカット
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「御葬儀実況」のタイトルカット

 神戸の写真界の先駆者で「大紀写真館」を経営した福留巳年(みとし)(1893~1962年)の撮影とみられる浜口雄幸元首相の葬儀フィルムが見つかり、東京・京橋の国立近代美術館フィルムセンターの企画「発掘された映画たち」で今月上映される。(田中真治)

 遺族寄贈の16ミリプリントで白黒、無声。「御葬儀実況 昭和六年八月廿九日」というタイトルカットに、「福留巳年謹写」と撮影者名があった。浜口家から出棺し、日比谷公園での葬儀後、青山墓地へ埋葬に向かう様子が記録されている。映写時間は32分。

 福留は高知県安芸市出身で、浜口と同郷。孫の福留健治さん(69)=神戸市中央区=によると、画家志望について相談した浜口の紹介で、1911(明治44)年以前、東京の著名な写真家・小川一真の設立した小川写真製版所に入所した。同製版所神戸支店で働いた後、大正初期に旧居留地で写真館を開業。20年には国内の写真家団体の草分けである「神戸赤窓会」の創立会員となった。

 「葬儀の撮影について聞いたことはないが、浜口の胸像が床の間にあり、間違いなく祖父の撮影だろう」と健治さん。遺品には浜口の肖像のガラス乾板があるほか、16ミリのフィルム缶も残っているが、内容は確認できていないという。

 フィルムセンターの大傍(だいぼう)正規主任研究員は、当時の実写映画では「カメラマンがクレジットされているのは珍しい」と指摘し、浜口家の依頼で撮影された可能性が高いとする。同時に寄贈された「浜口雄幸氏 生前の俤(おもかげ)」(松竹ニュース)には葬儀の映像はなく、「貴重な記録」と評価する。

 上映は11日午後1時と27日午後3時の2回。

 「発掘された-」では、神戸映画資料館(神戸市長田区)が発掘した戦前のアマチュア森紅(もりくれない)の作品や藪下泰司監督のアニメーション「小人の電話」(53年)など、30プログラム計89本が3月4日まで上映される。ハローダイヤルTEL03・5777・8600

【はまぐち・おさち】1870年、高知生まれ。帝大卒業後、大蔵次官などを歴任。1915年に衆議院議員に当選し、29年に立憲民政党初代総裁として首相に就任した。国際協調を掲げ、金解禁、ロンドン海軍軍縮条約調印を断行するが、統帥権干犯問題が起こり、30年に東京駅で右翼に狙撃される。31年に総辞職後、病状が悪化し亡くなった。風貌から「ライオン宰相」と呼ばれた。

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