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澤茂吉の生家近くに設置された案内板を紹介する高田義久さん=三田市屋敷町
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澤茂吉の生家近くに設置された案内板を紹介する高田義久さん=三田市屋敷町
浦河町役場荻伏支所の前に立つ鈴木清(右)や澤茂吉(左)の胸像=北海道浦河町(福富悦夫さん提供)
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浦河町役場荻伏支所の前に立つ鈴木清(右)や澤茂吉(左)の胸像=北海道浦河町(福富悦夫さん提供)

 旧三田藩士らが明治期に設立した北海道開拓団「赤心社(せきしんしゃ)」の功績を評価する動きが、兵庫県三田市内で広がっている。兵庫県から多くの移民が入植した北海道浦河町の礎を築き、日高地方の畜産発展に貢献したとして現地での評価は高いが、三田での知名度はいまひとつだった。だがここ数年、市民団体が赤心社の歩みをたどろうと調査に取り組み、商工会は浦河町との交流を活発化。市も“ゆかりの地”をアピールしている。(神谷千晶)

 浦河町は日高地方南部に位置し、サラブレッドの育成や日高昆布が有名。町立郷土博物館の毛内裕之(けないやすし)さん(61)によると「広大な荒野を耕し、まちをつくった赤心社を知らない町民はほとんどいない」という。町役場荻伏(おぎふし)支所には、旧三田藩出身で初代赤心社社長の鈴木清と現地指導者だった澤茂吉(しげきち)の胸像もある。

 一方、三田では郷土史家らが注目してきた程度。「もっと市民に知ってもらおう」と、三田市のNPO法人「歴史文化財ネットワークさんだ」の有志が昨年9月に浦河町を訪れ、事務所だった建物を活用した赤心社記念館などで歴史を調査した。現在、その成果を市庁舎ロビーで展示しており、市民向けの連続講座や企画展も開く予定だ。

 赤心社は当時では珍しい株式会社で、貧しくても株を持てるよう分割で買える制度を導入して開拓資金を集めた。茂吉は慶応義塾で福沢諭吉に会計学を学び、いち早く複式簿記などを取り入れたという。多くの北海道開拓団が挫折する中、赤心社は経営力を背景に成功を収め、開拓団にルーツを持つ道内唯一の会社として現在も不動産業や小売業を展開する。

 市商工会も経営の先人として赤心社に注目。2016、17年に浦河町を訪れて三田の特産品の試食会を開いたほか、市内のイベントでは赤心社を紹介するパネルを展示し、同町特産のスモークサーモンを提供するなど交流を深めている。

 こうした動きに三田市も昨年12月、同市屋敷町の茂吉の生家近くに案内板を設置するなど関心を寄せ始めた。郷土史家の高田義久さん(77)=同市=は「明治初期から旧藩主らが率先してキリスト教など西洋文化を受け入れてきた三田だからこそ、力ある人材を輩出できた。進取の精神を見つめ直してほしい」と話す。

【赤心社】北海道開拓を目指して旧三田藩士・鈴木清や岡山出身の加藤清徳らが1880(明治13)年、神戸・栄町に創立した株式会社。81年に兵庫や四国などから移住を開始し、82年に第2次移民団が北海道浦河町に入植した。旧藩主九鬼家の牧牛飼育に携わっていた澤茂吉が現地指導者に抜てきされ、馬の改良に取り組むなど日高地方の馬産や酪農の基礎を築いた。同社にはキリスト教徒が多く、私立赤心学校や元浦河教会を開設。北海道の教育界にも影響を与えた。

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