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カズオ・イシグロ夫妻の写真を手に、思い出を振り返る叔母の森永和子さん=神戸市中央区
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カズオ・イシグロ夫妻の写真を手に、思い出を振り返る叔母の森永和子さん=神戸市中央区
ノーベル賞授賞式を終え文学賞のメダルを手にするカズオ・イシグロ氏=2017年12月10日、ストックホルム(共同)
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ノーベル賞授賞式を終え文学賞のメダルを手にするカズオ・イシグロ氏=2017年12月10日、ストックホルム(共同)

 2017年ノーベル文学賞の英国人小説家カズオ・イシグロ氏(63)が大きな影響を受けたと語った母の被爆体験。イシグロ氏の叔母で神戸市中央区に住む森永和子さん(88)が神戸新聞の取材に応じ、姉がイシグロ氏に語ったとみられる被爆の様子などを詳細に語った。(井上 駿)

 イシグロ氏は受賞後の講演で、母の石黒静子さん(91)=英国在住=が長崎で被爆したことを明かし、作家を志してすぐ長崎と戦争をテーマにした作品の執筆を始めたことに触れた。

 長編デビュー作「遠い山なみの光」は、長崎出身で英国に暮らす主人公エツコが、原爆復興期にある故郷で出会った母子との交流を回想する。イシグロ氏は幼少期を長崎で過ごし「原爆の影の下で育った」とする。母から被爆経験を聞いて育った影響が作品にも色濃く残る。

 73年前、静子さんと森永さんはともに女学生で、長崎の兵器工場に学徒動員されていた。空襲の回数が増えるにつれ工場の機械を近くのトンネルに移し、兵器を造り続けたという。

 1945年8月9日午前11時2分、爆心地から5・7キロ離れたトンネル内の疎開工場にいた森永さんは、爆音に見舞われた。しばらくして、体中の皮がはがれ、うめき声を上げる重傷者が次々にトンネル内に運ばれてきた。

 森永さんは家族の安否が知りたくて市街地に出た。両親や静子さんは奇跡的に無事だった。焼けただれた遺体が転がる地獄絵図の中、終戦までの数日間、犠牲者を焼いて骨を拾った。「人を焼くにおいが今も忘れられない」と振り返る。

 静子さんは被爆当時、工場に向かう車を待っていた。自身は助かったが、同じ工場に勤めていた親友5人を亡くした。「姉は毎晩泣き明かしていた」と森永さん。10月に学校が再開し、姉が弔辞で亡くなった親友との思い出を語る姿が今も記憶に残る。

 「姉も私も被爆者であることを隠してきた」と森永さんは明かす。昨年、イシグロ氏が文学賞に輝き、平和賞を「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」が受賞。イシグロ氏が自身の創作と母の被爆体験に触れたことについて「核兵器は悪。私たちは語ることができなかったが、カズオが母の悲惨な経験に向き合って生み出した作品を多くの人に読んでほしい」と力を込める。

 イシグロ氏は昨年末にクリスマスカードを森永さんらに送り、日本の親族を思いやった。森永さんは「会うことができたら『よくやったね』とお祝いしてあげたい」と目を細めた。

 ■カズオ・イシグロ氏 1954年、長崎市で海洋学者の父石黒鎮雄と母静子の長男として生まれる。父の仕事の関係で5歳で渡英。81年に短編小説で作家デビューした。英国執事を主人公にした89年の「日の名残り」で英ブッカー賞を受賞、作品は映画化された。クローン技術の発達した社会を描いた「わたしを離さないで」(2005年)も映画になり、日本ではテレビドラマも制作された。

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