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兵庫からの男性ボランティアと一緒に、亡くなった姉夫婦や親族の名前が書かれた竹灯籠を探す工藤〆子さん(右)=11日午後、宮城県名取市愛島郷2(撮影・大山伸一郎)
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兵庫からの男性ボランティアと一緒に、亡くなった姉夫婦や親族の名前が書かれた竹灯籠を探す工藤〆子さん(右)=11日午後、宮城県名取市愛島郷2(撮影・大山伸一郎)

 巨大津波が襲来し、2万人を超す犠牲者が出た東日本大震災は11日、発生から7年を迎えた。

 宮城県名取市の愛島東部仮設住宅では11日、兵庫県のボランティア約40人も加わり、恒例の追悼行事が営まれた。退去期限が来年3月末に迫り、新たな住まいへの転居が進むが、仮設暮らしで築いた人のつながりが薄れることに不安を漏らす住民も。阪神・淡路大震災で同様の課題を経験したボランティアらは改めて継続的な支援を誓った。

 同住宅には、津波で750人以上が亡くなった同市閖上地区の住民らが入居。最も多い時には約160世帯が暮らしたが、現在は約40世帯まで減っている。

 ひょうごボランタリープラザ(神戸市)などによる同住宅の支援は2013年に始まった。同地区の犠牲者名を書いた竹灯籠を届け、お盆と3月11日に追悼行事を手伝うなどしてきた。今回も700本の竹灯籠に浮かべたろうそくに、神戸・東遊園地にあるガス灯「1・17希望の灯り」から分けた炎をともした。

 地震発生時刻の午後2時46分、参加者約100人が黙とう。津波で自宅が流され、近くに住んでいた姉=当時(72)=夫婦ら親族4人を亡くした女性(78)は「いつも見守ってくれた優しいお姉さん。なんで『一緒に逃げよう』って声を掛けられなかったのか。寒かったろうなあ」と涙した。

 ボランティアの手も借りて、4人の名前が記された竹灯籠を探した。「仲良しだったお姉さん夫婦は一緒にしてあげたい」。隣り合うように並べ直し、何度もなでて手を合わせた。

 震災後には体調を崩したが、仮設の仲間とダンスやカラオケで心を通わせ、立ち直ってきた。12月に完成する復興公営住宅に入るが「引っ越したら一緒に散歩して元気出そう、って励まし合ってるけど、みんなが離ればなれになるのはさみしい」と声を落とした。

 こうした不安の声を踏まえ、同プラザの高橋守雄所長(69)は「仮設が閉鎖されても、分散して暮らす被災者のつながりを作る支援を続けたい」と強調した。(小林伸哉)

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