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見ごろを迎えた重五郎梅を見つめる松田朗さん=神戸市東灘区本山北町3、本山第一小学校
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見ごろを迎えた重五郎梅を見つめる松田朗さん=神戸市東灘区本山北町3、本山第一小学校

 かつて梅林が広がり、梅の名所として知られた神戸市東灘区・岡本。地元で誕生した「重五郎梅(じゅうごろううめ)」の実を、さまざまな商品として売り出そうと、岡本商店街振興組合が中心となって復活プロジェクトが始動している。兵庫県内に計約1万平方メートルの畑を確保する予定で、新たな特産化を目指す。(阪口真平)

 現在の同市東灘区岡本6、7丁目を中心とした一帯に広がっていたとされる梅林は「梅は岡本、桜は吉野、みかん紀の国、栗丹波」と歌になるほどの名所だった。江戸時代の1798(寛政10)年につくられた「摂津名所図会」には挿絵「岡本梅花見図」が掲載されており、観梅でにぎわう様子が描かれている。

 明治から大正にかけても観梅客を引きつけたが、昭和初期からの宅地開発で大幅に面積が縮小したのに加え、1938年の阪神大水害で壊滅的な打撃を受けほぼ消滅した。

 その後、市が岡本梅林公園を整備し、毎年2月に「摂津岡本梅まつり」が開かれるほか、同市東灘区のシンボルマークにも梅の花が採用されている。

 岡本商店街では2、3月と「梅の味覚フェア」を開催するが、使われるのは地元以外の梅だった。主催する商店街振興組合の理事長松田朗(あきら)さん(57)には「自前のものではなく恥ずかしい」との思いがあり、岡本ゆかりの重五郎梅を選び、復活プロジェクトを始めた。

 重五郎梅は岡本で江戸時代に生まれたとされる。ただ現存する成木は5本しかなく、地元でも存在が忘れかけられており、3本が残る本山第一小学校の木は当初手入れもされていない状態だった。

 住民からの情報で重五郎梅が地元にあることを知った松田さんらが手入れし、新芽を採取。接ぎ木して、和歌山県で苗木500本ほどを育てている。

 神戸市北区の農園に約2500平方メートルの土地を確保したほか、三田市や篠山市などと合わせて約1万平方メートルでの栽培を予定している。約5年後にはできた実を、塩だけで作る伝統的な梅干しや酒蔵と協力して梅酒に加工したり、飲食店で梅肉を使ったメニューを提供したりして岡本の名物として売り出すことが目標だ。

 今年2月には本山中学校に、重五郎梅の苗木2本を植樹するなど、小中学校を中心に梅の木自体を地域に増やす計画も。松田さんは「重五郎梅は地域に古くからあるもの。かつて日本一だった岡本の梅をもう一度復活させたい」と意気込む。

 岡本商店街振興組合TEL078・412・3096

【重五郎梅】甲南大の中島俊郎教授や1911(明治44)年出版の郷土史「西摂大観」などによると、現在の神戸市東灘区岡本周辺にあった梅林の所有者松谷重郎兵衛の先祖で、江戸時代の重五郎によって改良が進み、誕生したとされる。花は遅咲きの淡紅色で、実は大粒で肉厚。明治期には梅干しが東京で高級品として扱われていたとの言い伝えも残る。

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