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熊本地震で被災した古里・熊本への思いを語る高木慶子さん=神戸市灘区山田町3(撮影・中西大二)
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熊本地震で被災した古里・熊本への思いを語る高木慶子さん=神戸市灘区山田町3(撮影・中西大二)

 2年前の熊本地震で熊本市の実家が全壊した上智大学グリーフケア研究所特任所長の高木慶子さん(81)=神戸市灘区=は、阪神・淡路大震災や尼崎JR脱線事故の遺族らに寄り添ってきた。帰る場所を奪われ、喪失感にさいなまれたが「人の苦しみや悲しみに今まで以上に思いを重ねられるようになった」と前を向く。復興途上の古里への思いを胸に秘め、悲嘆に暮れる人々に「生きる意味」を伝え続ける。(金 旻革)

 阪神・淡路では灘区の修道院で被災。激しい揺れでベッドから振り落とされたため、倒れてきた戸棚の下敷きになるのを免れた。阪神・淡路をはじめ大阪教育大付属池田小殺傷事件、脱線事故、東日本大震災などで数々の遺族らと向き合い「大切な人を亡くした人たちに寄り添うことが私の使命」と考えるようになったという。

 2016年4月16日の熊本地震(本震)で、築100年以上になる熊本市西区の実家は傾くように倒壊し、高校時代の学習机や洋服たんすなど思い出の品々はがれきに埋もれた。約1週間後に実家に戻り「ぼうぜんとするだけだった」。

 避難所を訪ねると、実家の全壊を知った人たちが「大変でしたね」と気遣ってくれた。失意の中で被災者の優しさに心が救われた。

 実家で暮らした義姉(87)は14日の前震の際に逃げ出せたが、車が通った程度の揺れでも取り乱した。脳梗塞を患い、その年の暮れに帰らぬ人となった。地震が遠因ではと今も考える。

 熊本地震が突きつけた古里の現実に、わが身を振り返った。遺族らに掛けた言葉は本当に心からの言葉として伝わっていたのか。寄り添ってきた人たちへの罪悪感がこみ上げた。

 東日本の被災者や脱線事故の遺族らと接するとき、熊本で味わった悲しみや苦痛を思い出す。胸はざわつくが、これまでよりも深く人の心に近づいているとも思えている。「苦難からはい上がろうとする熊本は私の心の中心にある」。遠く離れた古里に思いを寄せながら、傷ついた人々に寄り添う道を進む。

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