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母裕美さん(左)に還暦を祝うプレゼントを渡した西尾和晃さん=伊丹市内
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母裕美さん(左)に還暦を祝うプレゼントを渡した西尾和晃さん=伊丹市内

 2005年の尼崎JR脱線事故で、兵庫県伊丹市出身の会社員西尾和晃(かずあき)さん(31)=広島市=は左脚を複雑骨折した。「もう歩けないかもしれない」と医師に告げられたが、懸命にリハビリを重ねて大学を卒業。1年半前には、事故後に運ばれた病院の看護師だった女性(37)と結婚した。あの惨事から13年。くじけそうなときに支えてくれた母裕美(ひろみ)さんは今年、還暦を迎えた。先月、妻と2人で帰省し、感謝の思いを込めて母にプレゼントを手渡した。(上田勇紀)

 13年前の4月25日朝。和晃さんはJR伊丹駅から快速電車に乗り、通い始めたばかりの神戸市内の大学へ向かっていた。電車はカーブを曲がりきれずに脱線、尼崎市久々知のマンションに激突した。乗客ら107人が亡くなった。

 同市の病院の看護師だった妻は、病棟に運ばれてきた和晃さんの姿を覚えている。事故の衝撃で車両の外に投げ出されたとみられ、「左半身がガラスの破片と土と血だらけ。顔がパンパンに腫れて、ポケットにあった学生証と同じ人か見分けがつかんかった」。全身を38針縫う大けがだった。

 2度の手術と激痛に耐えながらのリハビリを経て、和晃さんの左脚は日常生活に支障がない程度にまで回復した。それでも後遺症は消えず、直立しても左脚のかかとを地面につけることができない。和晃さんは「(脚の状態は)良くも悪くもない」と淡々と話す。

 和晃さんに事故の記憶はないが、電車に乗れるようになるまでに長い時間がかかった。松葉づえをつきながらの通学に、裕美さんらに弱音を漏らすこともあった。そんなとき、気持ちに寄り添ってくれたのは、退院後に縁あって交際が始まった妻と、家族だった。

 事故の3年前、和晃さんは仲良しだった一つ年上の兄を亡くしている。高校で教員から受け続けた厳しい指導を苦に自ら命を絶った兄への思いも、前を向く力になった。

 先月中旬、和晃さんは妻と一緒に伊丹市の実家に帰省。今年2月に60歳となった裕美さんにプレゼントを手渡した。妻とおそろいの手提げかばんに、「幸福で豊かな人生となるよう祈っています」などと記した感謝のカードを添えた。

 「『大学を辞めたい』と言ってきたこともあったけど、『やれるところまで頑張ってみたら』と言って見守ってきた。本当に強くなったなあ」と裕美さん。和晃さんの歩んできた13年に思いをはせながら、「2人の気持ちが伝わる贈り物で本当にうれしい」と目を細めた。

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