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日没近くの時間帯になっても、事故現場に設けられた献花台を多くの人たちが訪れた=25日午後6時半、尼崎市久々知3(撮影・辰巳直之)
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日没近くの時間帯になっても、事故現場に設けられた献花台を多くの人たちが訪れた=25日午後6時半、尼崎市久々知3(撮影・辰巳直之)
事故車両が激突したマンションの柱に手をつき、祈りをささげる男性=25日午前、尼崎市久々知3(撮影・中西大二)
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事故車両が激突したマンションの柱に手をつき、祈りをささげる男性=25日午前、尼崎市久々知3(撮影・中西大二)

 乗客106人と運転士が亡くなった尼崎JR脱線事故は25日、発生から13年となった。快速電車がマンションに衝突した兵庫県尼崎市久々知3の事故現場には犠牲者を悼む遺族らの列が続き、午後8時までに1856人が献花した。JR西日本が尼崎市内で開いた追悼慰霊式には78組の遺族265人を含む計868人が参列した。

 階段状に変貌したマンション前で手をつないで焼香する親子。一心に手を合わせ、何かをつぶやく車いすの男性…。愛する人の最期が刻まれた場所に、花束は一つ、また一つと積み重なっていった。

 現場カーブを通過する快速電車の長い警笛が響いて程なく、発生時刻の午前9時18分が訪れた。同じころ、追悼慰霊式の会場でも参列者が黙とうをささげた。

 現場はこの1年間で大きく様変わりした。9階建てマンションの上層部は解体され、1~4階の保存部分はアーチ状の屋根で覆われた。JR西は事故の教訓を伝える場として今夏、慰霊碑などを設置して一帯の整備を終える見通し。

 心に傷を負った遺族らのケアも課題だ。兵庫県こころのケアセンター(神戸市中央区)によると、13年たった今も遺族5人が通院し、2017年度のカウンセリングは計60回に上った。精神科医や臨床心理士によるケアは、06年度が470回で最多だった。その後は減少傾向にあるが、事故から10年たったころからは、ほぼ同数で推移している。

 昨年12月、新幹線の台車に破断寸前の亀裂が見つかった「重大インシデント」で、安全管理のあり方が根本から問われる事態となった。加藤寛センター長によると、遺族の中には「何でこんな企業に家族は殺されたのか」と憤る人もいたという。(竹本拓也、小川 晶)

【尼崎JR脱線事故】2005年4月25日午前9時18分ごろ、尼崎市のJR宝塚線塚口-尼崎間で、7両編成の快速電車が制限速度70キロの急カーブに約116キロで進入し脱線。線路脇のマンションに激突し、乗客106人と運転士が死亡、493人(神戸地検調べ)が重軽傷を負った。神戸地検が業務上過失致死傷罪で在宅起訴したJR西日本の山崎正夫元社長は12年に無罪判決が確定。昨年6月には、同罪で強制起訴された井手正敬元会長ら歴代3社長の無罪判決も確定した。

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