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岡本さんが会話などに使う「意思伝達装置」。筋肉のわずかな動きで文字を打ち込む
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岡本さんが会話などに使う「意思伝達装置」。筋肉のわずかな動きで文字を打ち込む
母校の講演で、妻の悦子さん(左から2人目)とほほ笑む岡本興一さん=神戸市長田区長尾町2、育英高校
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母校の講演で、妻の悦子さん(左から2人目)とほほ笑む岡本興一さん=神戸市長田区長尾町2、育英高校

 全身の筋肉が動かなくなる難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」と闘う神戸市の岡本興一さん(44)がこのほど、母校の育英高校(同市長田区)で初めて講演した。24歳で発症し、夢見た柔道整復師の道は途切れ、愛した人は去った。症状は全身に広がり、人工呼吸器を使うようになった。それでも再び恋をし、インターネット通販の店を起業した。妻や友人らに支えられ、挑戦し続ける日々。後輩たちに「可能性を信じて」と呼び掛けた。(広畑千春)

 岡本さんは187センチ、130キロの恵まれた体を生かし、同高柔道部で活躍。講演は仲間や恩師らが企画し、実現させた。

 発症は24歳。拓殖大卒業後、専門学校で柔道整復師の勉強に打ち込んでいたときだった。左腕の震えや動かしにくさに始まり、筋力が見る見る落ちた。それを隠して生活し、現役で国家試験に合格した。接骨院に就職したが、右腕も動かなくなり、半年で退職。ALSの疑いを告知され、当時の妻には離婚を切り出された。

 それでも、岡本さんは自分を奮い立たせた。ALSの確定診断後は「少しでも体が動くうちに」と一人暮らしを敢行。だが次第に呼吸も難しくなり、ある日、トイレで意識を失った。救急搬送され、人工呼吸器を着ける手術を受けた。

 国内では、ALS患者の約7割は人工呼吸器を着けないことを選択し、亡くなっていくといわれる。家族への負担や、意識があるのに体が動かない苦痛と恐怖などが理由という。

 だが、岡本さんは生きる道を選ぶ。「人生が最も花開く20代で『もう人生は十分です。尊厳死を選択します』と、言えますか?」「ALSになっても生きていく権利がある。ヘルパーや家族、周囲の支えや、それを保証する制度があれば楽しく暮らせることを発信したい。それが僕の生き方」

 寝たきりになってから、育英高の同級生に誘われ、額の筋肉の動きで文字を入力する「意思伝達装置」を使い、仕事に就いた。10年ほど前には、ヘルパーだった妻悦子さん(46)をメールと笑顔で「口説き落とし」て結婚。沖縄旅行も実現させ、5年前には米国の服をネット通販する店「ビッグモッツ」を始めた。

 講演は約2時間。原稿は悦子さんと一緒に、100時間以上かけて書き上げ、友人が読み上げた。「今僕が生活できているのは人の支えのおかげ」と岡本さん。「君たちに無限の可能性を感じる。誇りと希望と責任を持って生きてほしい」と後輩にエールを送った。

 同高柔道部主将で3年の奥村弥百希さん(17)は「人生何があるか分からないが、あきらめずに目標を持って生きている岡本さんを見習い、いろんな可能性を信じて頑張りたい」。公務員志望という3年の女子生徒(18)は「病気があっても暮らしやすい世の中にしたい」と力を込めた。

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