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小磯良平が特攻隊員を描いた肖像画「故谷川大尉像」。1944年の制作と推測される(神戸市立小磯記念美術館所蔵)
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小磯良平が特攻隊員を描いた肖像画「故谷川大尉像」。1944年の制作と推測される(神戸市立小磯記念美術館所蔵)
肖像画の基になった写真(遺族提供)
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肖像画の基になった写真(遺族提供)
谷川大尉の肖像画のサイン部分アップ 「良平謹写」
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谷川大尉の肖像画のサイン部分アップ 「良平謹写」
谷川大尉(出撃時は少尉)らの特攻を伝える1944年11月28日の「神戸新聞」朝刊1面
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谷川大尉(出撃時は少尉)らの特攻を伝える1944年11月28日の「神戸新聞」朝刊1面
谷川大尉(出撃時は少尉)らの特攻を伝える1944年11月28日の「神戸新聞」朝刊1面のアップ
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谷川大尉(出撃時は少尉)らの特攻を伝える1944年11月28日の「神戸新聞」朝刊1面のアップ

 神戸市ゆかりの洋画家・小磯良平が、太平洋戦争で戦死した特攻隊員を描いた油彩の肖像画「故谷川大尉像」が、9日までに同市内で見つかった。調査した同市立小磯記念美術館の廣田生馬学芸員(51)は「小磯クラスの著名画家による特攻隊員の油彩肖像画は珍しい。歴史的な価値や意味があるだろう」としている。

 モデルは1944(昭和19)年11月26日、フィリピン・レイテ湾へ特攻出撃し、23歳で亡くなった陸軍の谷川昌弘大尉。この攻撃については当時の神戸新聞1面でも報道された。

 肖像画は縦41センチ、横32センチ。若々しい青年の上半身を素早いタッチで描写し、背景に戦闘機らしき機影もある。画面右下に、題名と「良平謹写」との署名がある。写真に基づき描いたもので、遺族の元に同じ構図、表情の遺影が残されていた。

 谷川大尉のめいに当たる青木明子さん(67)=同市長田区=が両親から受け継ぎ、長年保管。存在を知った廣田学芸員が2月に調査し、小磯作品と確認した。

 青木さんが父母らから伝え聞いた話によれば、谷川大尉は大阪市出身。大阪初の陸軍特攻隊員として話題になったという。肖像画は、同市関係者が小磯へ制作を依頼したらしい。戦死者を顕彰し、遺族を慰める意図などがあったと考えられる。

 優美な女性像などで名高い小磯は、戦時中に戦争記録画でも評価を得ており、「肖像画制作の背景などをさらに詳しく調べたい」と廣田学芸員。絵は7月、青木さんら遺族が同美術館へ寄贈した。9月15日に同館で開幕する「没後30年 小磯良平展」(11月25日まで)で初公開される。

 青木さんは「叔父は剣道が得意で、文武両道の好青年だったと聞いた。当時の新聞記事は、涙なしでは読めなかった。戦争は二度とあってはいけない。多くの人に見てもらえたら」と話している。(堀井正純)

【こいそ・りょうへい(1903~88年)】昭和を代表する洋画家。神戸生まれで神戸二中(現兵庫高)出身。東京美術学校(現東京芸大)を首席で卒業後、渡欧。母校・東京芸大の教授を務めた。代表作に「斉唱」(兵庫県立美術館蔵)などがある。

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