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災害時に備え、長期保存できるマッチ=神戸市中央区北長狭通5、日本燐寸工業会
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災害時に備え、長期保存できるマッチ=神戸市中央区北長狭通5、日本燐寸工業会
次々とマッチを生み出す“年代物”の自動製造機。部品の代替品は少なく、設備維持も課題に挙がる=姫路市東山、日東社(撮影・大山伸一郎)
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次々とマッチを生み出す“年代物”の自動製造機。部品の代替品は少なく、設備維持も課題に挙がる=姫路市東山、日東社(撮影・大山伸一郎)
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 兵庫がシェアの9割を占めるマッチの国内出荷数量が、ピークだった1973年の80分の1以下まで激減していることが、日本燐寸(マッチ)工業会(神戸市中央区)への取材で分かった。使い捨てライターなど代替品が次々と現れたほか、健康意識の高まりによる喫煙率の減少も影響。140年以上の歴史を持つ兵庫の地場産業は、線香やろうそくに火を付ける神仏用や、長期保存できる災害時の備蓄用に活路を求める。(上田勇紀)

 国内のマッチ製造は1875(明治8)年の東京を皮切りに、2年後には神戸でも始まった。華僑らが神戸港から海外に輸出したことや、マッチの乾燥に適した気候だったことから神戸が一大拠点に。その後、神戸では造船や製鉄などの産業が発展し、主産地は姫路市に移った。

 家庭用に加え、戦後に需要が高まったのが広告用マッチ。旅館や喫茶店、企業がこぞって宣伝のために配るマッチを注文した。マッチ箱に直接印刷できる多色刷りの印刷機が導入されたこともあり、1955(昭和30)年に39万5598マッチトン(1マッチトン=44本入り並型マッチ7200箱分)だった出荷数は、73年に倍近くの78万1677マッチトンまで増えた。

 だが、使い捨てライターや調理・暖房器具の自動着火装置などが相次ぎ登場。さらに広告用ポケットティッシュの普及もあり、需要は右肩下がりとなった。2011年の東日本大震災を機に災害時の備蓄用として認知度が高まり、一時的に増加に転じたが、13年以降は再び減少。17年は9201マッチトンで、初めて1万マッチトンを下回った。

 75年ごろには全国に80ほどあった製造工場は次第に姿を消した。業界大手だった兼松日産農林(現兼松サステック、東京)も昨年3月、淡路市の工場を閉鎖してマッチ事業から撤退。同工業会によると、自動製造機を使ってマッチを一貫生産するのは今や国内で3社(うち姫路市内2社)だけとなってしまった。

 ただ、線香やろうそくに火を付ける際、両手を使うマッチは先祖を敬うことになるとして重宝がる根強いファンがいる。備蓄用や広告用などにも一定の需要はある。姫路市東山、日東社の大西壬(あきら)取締役会長(83)は「マッチは兵庫が誇る地場産業。われわれがしっかりと守っていきたい」と力を込める。

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