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19歳で余命半年と宣告された山下弘子さん(前田朋己さん提供)=2015年2月
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19歳で余命半年と宣告された山下弘子さん(前田朋己さん提供)=2015年2月
闘病中も大好きな海外旅行に何度も出掛けたという山下弘子さん=2013年12月、アメリカ(前田朋己さん提供)
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闘病中も大好きな海外旅行に何度も出掛けたという山下弘子さん=2013年12月、アメリカ(前田朋己さん提供)
20回以上の手術を受けたという山下弘子さん。前向きに闘病を続けたが、母親になるという夢はかなわなかった(前田朋己さん提供)
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20回以上の手術を受けたという山下弘子さん。前向きに闘病を続けたが、母親になるという夢はかなわなかった(前田朋己さん提供)

 若いがん患者に妊娠・出産の道が開かれることを願い、兵庫県議会で6月に可決された意見書。きっかけとなったのは、県議の前田朋己さん(38)=神戸市東灘区=の妻で、3月に亡くなった弘子さん=享年(25)=の無念だった。(前川茂之)

 弘子さんは大学在学中の2012年に肝臓がんと診断された。当時19歳。「余命は半年」と宣告された。摘出手術を受けたが、肺への転移と肝臓がんの再発が見つかった。

 それでも諦めなかった。14年に開設したブログに「大切な大切な人々のために、皆を悲しませないためにも、私は、絶対に生きます。絶対に希望をなくしません」とつづり、出演した生命保険会社のCMでは「がんになって『いい子』をやめました。誰かに認めてもらわなくても何かを成し遂げなくても、ただ生きていることに価値がある。自分らしく生きていく」と力強く語った。

 闘病生活の中でも大好きな海外旅行を続け、30カ国近くを訪れた。昨年6月、交際していた前田さんと結婚式を挙げた。旧姓の山下弘子名義でブログ発信や出版を続け、その生き方は多くの人の共感を呼んだ。

 だが、母親になるという夢だけは、どうしてもかなわなかった。昨年暮れ、凍結保存に向けて卵子摘出を望んだ弘子さんに、医師は「あなたはもう無理です」と告げた。生殖機能に影響する可能性がある抗がん剤治療を、弘子さんは既に5年近く受けていた。

 「子どもがとっても欲しかった」と泣きながら訴える弘子さんを慰めながら、前田さんは「治療のリスクを、がん診断から5年後に知らされたことに驚いた」と唇をかむ。

 県議会の意見書では弘子さんの経験を踏まえ、医療従事者による情報提供の徹底と相談支援、生殖機能を温存するための経済的支援を国に求めた。前田さんは「妻のように悲しい思いをする人が一人でも減ってほしい」と話している。

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