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 この数年、あなたのことをなんて呼んでたかな…。無表情の瞳を見つめながら、記憶をたどってみた。

 幼い頃、「ママ」と呼んでまとわりついた。中学生になると恥ずかしくなり、「おかん」。大学生になり、家に寄りつかなくなると、「おふくろ」。最近はどうだったかな、ちゃんと向き合っていなかったような気がする。

 老いは突然やってきた。

 昨年、腰を痛めて入院した。退院したかと思うと、今度はくも膜下出血で救急搬送された。普通に暮らし、うるさいくらいのおしゃべりな姿が消え、今はうつろな目を向けるだけ。長い入院生活がそうさせたのだろうか。まだ74歳じゃないか。

 ある朝、病院から電話がかかってきた。「徘徊(はいかい)しています。なんとかしてください。すぐに来てください」。仕事がある、すぐに行けるわけないじゃないか、と怒鳴り返したくなる。悲しさ、もどかしさ、怒りが腹の底で渦を巻く。「介護離職」の言葉が浮かんでは消えた。

 少し回復し、福祉施設で暮らすようになった。救急搬送から1年もたたないのに、顔のしわが深まり、髪は真っ白に。魔法にかかったように老け込んだ。

 病院や施設に入るたびに問われる。身長、体重、持病、手術歴、アレルギーの有無。何も知らない。52年も親子でいたのに何も分からない。

 かつての母はどこへ行ってしまったのだろう。車いすに座ったまま、ぼんやりした視線を泳がせる。たわいもない昔話を一方的に語り、帰り際、「また来るわ」と右手を上げた。

 母は何も言わず、枯れ枝のようになった手を小さく振った。(編集委員 中部 剛)

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