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地下空間に設けられた展示スペース。事故の概要などを記載したパネルが並ぶ=14日午後、尼崎市久々知3(撮影・大森 武)
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地下空間に設けられた展示スペース。事故の概要などを記載したパネルが並ぶ=14日午後、尼崎市久々知3(撮影・大森 武)

 「祈りの杜(もり)」として姿を変え、14日から遺族らに公開された尼崎JR脱線事故現場。木々に囲まれた広場には慰霊碑が建ち、亡き人をしのぶ追悼空間ができた。それでも、遺族らがこの日、感情を揺さぶられ、涙を流した場所はこれまでと変わらなかった。快速電車が衝突した傷痕が生々しく残るマンションの前だった。

 JR西日本が設置した名碑には、婚約者を脱線事故で失い、翌年に命を絶った荒川由起さん=当時(32)=と、4両目で負傷し、約3年半後に自死した岸本遼太さん=同(25)=の名前は刻まれなかった。

 「もう現場には行きたくない。二度と行かないかも」。荒川さんの兄、直起さん(51)=大阪市=は語気を強めた。名前を刻むのが難しいなら妹をしのばせる花壇をと訴えてきたが、受け入れられていない。「現場の片隅に置くことさえできないのか」と憤る。

 岸本さんの母早苗さん(74)=宝塚市=は刻銘の代わりに桜の植樹を求めた。「検討中」を繰り返すJR西に不信感を募らせる。「同じ電車で被害に遭った乗客なのに、どうして区別されるのか。植えた桜を見て、遼太を思ってやりたいだけなのに」

 14日に公開された現場の地下空間。JR西が直起さんらに示してきた代替案が、事故後の経過表に反映されていた。「事故でお身内を亡くされた方が自らお命を絶たれる」「事故でお怪我(けが)をされ、治療中の方が自らお命を絶たれる」。時系列の1項目として、2人の命日にそう記されていた。(小川 晶、篠原拓真)

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