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マンションを覆うアーチ型の屋根の前に設けられた慰霊碑。遺族が花束を手に献花に訪れた=14日午後、尼崎市久々知3(撮影・大森 武)
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マンションを覆うアーチ型の屋根の前に設けられた慰霊碑。遺族が花束を手に献花に訪れた=14日午後、尼崎市久々知3(撮影・大森 武)
巨大な屋根や柱に囲われた事故現場のマンション。事故の痕跡があちこちに残る=14日午後、尼崎市久々知3(撮影・大森 武)
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巨大な屋根や柱に囲われた事故現場のマンション。事故の痕跡があちこちに残る=14日午後、尼崎市久々知3(撮影・大森 武)

 「祈りの杜(もり)」として姿を変え、14日から遺族らに公開された尼崎JR脱線事故現場。木々に囲まれた広場には慰霊碑が建ち、亡き人をしのぶ追悼空間ができた。それでも、遺族らがこの日、感情を揺さぶられ、涙を流した場所はこれまでと変わらなかった。快速電車が衝突した傷痕が生々しく残るマンションの前だった。

 後日、足を運ぶ予定にしている遺族も「祈りの杜」に対する思いはさまざまだ。

 長男を亡くした伊丹市の中西義勝さん(78)はマンションも事故車両も当時のまま保存することを強く望んでいた。完成予想図を見て「あまりにきれいすぎる。当時の生々しさを消そうとしているのでは」と違和感を覚えたという。「息子が生きた証しを」と名碑に名前を刻んだが、人目にさらされる不安もある。年齢から「今回が現場に足を運ぶ最後の機会になるかもしれない」と語った。

 長男を亡くした川西市の女性(70)も当時のまま残してほしいと願った。今回、3年ぶりに現場を訪れる。「名碑に息子の名前を見つけたら耐えられないかも。現場の様子が変わっても変わらなくても、そこにいるのが私にとってつらいということに変わりはない」

 丹波市市島町の上田直子さん(80)は、亡くなった長女平野智子さん=当時(39)=の名前が刻まれていることを「この目で確かめたい」と15日に夫や孫たちと現場を訪れる予定だ。

 今夏、智子さんの思い出をつづった手記を本にまとめた。「事故の風化を感じる中、どんな形であれ現場を保存してほしい」。15日は本を携えて現場に向かう。(小西隆久、金 慶順)

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