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共著「ふたつの鼓動」を出版した小椋聡さん(右)と朋子さん=兵庫県多可町加美区三谷
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共著「ふたつの鼓動」を出版した小椋聡さん(右)と朋子さん=兵庫県多可町加美区三谷

 2005年尼崎JR脱線事故で、犠牲者の最も多かった2両目に乗っていて一命を取り留めた小椋聡さん(49)=兵庫県多可町加美区三谷=と、妻朋子さん(50)がそれぞれの視点から事故後の人生を振り返った本「ふたつの鼓動」を出版した。聡さんは生き残った者の役割として被害者の会の活動に参加。そんな夫を支える中で朋子さんが心身に不調を来すなど、2人の生活は一変した。著書には、誠実に事故と向き合った歩みを刻んだ。(長嶺麻子)

 05年4月25日朝、西宮市に住んでいた聡さんはいつもと同じ通勤電車のいつもの車両に乗り、大阪の会社へ。電車がマンションにぶつかったとき、激しい衝撃で飛ばされ、気がつくと「爆撃を受けたような風景」の中にいた。全身を打撲し、しばらくは歩くのも困難な状態で、後に右足が骨折していたことが分かった。

 多くの人の死に遭遇した聡さんは被害者の会に参加。愛する人の最期を知りたいという遺族の切実な思いに触れ、犠牲者がどこで亡くなったのかを調べ始めた。

 朋子さんも共感し、聡さんと行動を共にした。事故の関連記事や資料を読みふけり、被害者の会を通じて遺族らの聞き役になった。

 ところが、事故から1年を前に、朋子さんが心の病を患う。何日も食事をしなかったり、逆に何日も起き続けたり。そううつを繰り返して衰弱していった。医師の診断は「双極性障害」。活動を続ける中で知らず知らずのうちにストレスを抱え込んでいたという。

 日常生活すら困難になった朋子さんをケアするため、聡さんは会社を辞めてフリーのイラストレーターとなった。しかし、経済的に困窮し、一時は電話代すら払えない時期もあった。

 仕事が安定した13年8月、2人は心機一転、自然豊かな多可町へ移り住んだ。朋子さんの症状も次第に改善し、16年には自宅を改装し古民家ギャラリーを開いた。移住希望者の相談に乗る同町の「定住コンシェルジュ」に任命され、地域活性化にも取り組むようになった。

 事故から10年以上が経過し、2人は改めてこれまでの歩みを記録に残そうと考えた。それぞれが記憶や心を整理して手記をまとめ、出来上がったのが「ふたつの鼓動」だ。

 2人は「事故に遭った後、災害や事件で苦しみ続ける人たちの存在に気づかされた。同じような境遇、しんどさを抱える人はたくさんいる。『あなたは1人じゃない』とのメッセージが伝われば」と話す。

 A5判、160ページ。1296円。コトノ出版舎TEL0795・20・8253

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