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「ひめじ美食クラブTATA」が再現した祭りのサバずし。「特別なごちそうでした」=姫路市総社本町(撮影・大山伸一郎)
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「ひめじ美食クラブTATA」が再現した祭りのサバずし。「特別なごちそうでした」=姫路市総社本町(撮影・大山伸一郎)

 祭りの料理の主役と言えば、何と言ってもすし。サバずしは兵庫県全域、コハダが成長したコノシロのすしは姫路の浜手を中心に、米や砂糖をふんだんに使うごちそうとして、濃いめの味付けで食された。和食の代表格とされがちだが、伝承料理研究家の奥村彪生(あやお)さん(81)は「起源は東南アジアのメコンデルタにある」と明かす。

 現地の川から淡水魚が水田に入り、水が減る時に捕まえた。貴重なタンパク源として保存するため、漬物にしたらしい。日本へは稲作と共に伝えられたと考えられる。

 いわゆる「なれずし」で、魚に塩をしてご飯と一緒に漬けて3カ月から数年、発酵させる。骨まで軟らかくなり保存性が高まった。飯は“漬け床”にすぎず、食べなかった。

 奈良・平安期は、淡水魚だけでなく海水魚や貝、シカ、イノシシ、ウサギもつけたらしい。

 室町時代になると、早く食べたいのと、ご飯がもったいないのとで、発酵を5日~1カ月に短縮し、飯が酸っぱくなるかならないかで食す「半なれ」に。ご飯も食べるようになった。

 江戸初期には、ご飯を酒と塩で味付けて発酵を数日に縮めた「浅なれ」が登場した。17世紀終わりには、酢と塩で味付ける「早ずし」が生まれ、箱ずしや姿ずしが発達した。

 そして19世紀前半、江戸で下味を付けたネタを酢飯に乗せて握る「にぎりずし」がデビューする。屋台で庶民の人気を呼び、かつての保存食はファストフードへと進化を遂げた。

 「清らかで安全な水でおいしい米が育ち、魚の生食文化と相まって日本のすしは発達した」と奥村さん。とは言え、近年は食文化の多様化もあってにぎりずし以外は敬遠されがちだ。

 姫路ゆかりの料理を研究する「ひめじ美食クラブTATA」(兵庫県姫路市)は今秋、缶詰・レトルト食品製造の「シェルビーフーズ」(同県たつの市)の山科雄二さん(64)の協力で、祭りの時に地元で食べられたサバずしを再現した。

 主催するNPO法人「姫路タウンマネージメント協会」の寺前高明専務理事(61)は「一口食べたら祭りの景色が浮かぶ。地元で特別なことを意味する『なんどごと』で食べられた味。観光客のおもてなしに生かせないか」と提案する。(佐伯竜一)

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