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監修した展覧会の会場で著作を手にする村上しほりさん=デザイン・クリエイティブセンター神戸
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監修した展覧会の会場で著作を手にする村上しほりさん=デザイン・クリエイティブセンター神戸
闇市の規制後、不法商店と住居が詰まった高架下=1948(昭和23)年ごろ、元町付近
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闇市の規制後、不法商店と住居が詰まった高架下=1948(昭和23)年ごろ、元町付近

 終戦直後、現在のJR三ノ宮-神戸駅間にできた闇市と、そこから生まれた三宮、元町の商業地の形成過程を解き明かした「神戸 闇市からの復興 占領下にせめぎあう都市空間」(慶応義塾大学出版会)を、神戸大大学院人間発達環境学研究科研究員の村上しほりさん(31)が出版した。空襲で焦土と化した街から、どのようにして日本一とも称される闇市が生まれ、今の三宮のにぎわいにつながったのか。当時の神戸新聞記事や日米の公文書など豊富な資料から戦災復興期の神戸を緻密に描いた。(井上 駿)

 村上さんは、神戸高から同大に進学し、都市史の研究の道に。人々の記憶に埋もれ、神戸市史などに記述が少ない終戦直後の連合国軍総司令部(GHQ)占領期(1945~52年)に着目し、当時の神戸新聞をマイクロフィルムで通読。兵庫県や市の公文書に加え、米国立公文書館でGHQの資料を集めて執筆した。

 「ただ人間は人間をもとめて集うのだ」。終戦から1カ月後、空襲の不安から逃れた市民が、物資を買い求めて集う様子を掲載した本紙を引用。闇市は中国人の行商人がまんじゅうを売ったことが発祥とされ、無秩序に巨大化した。ピーク時は2キロにわたり、1500軒が並んだとされる。営業地域の指定や自治組織の発足など、行政の許可を得て「三宮自由市場」として認められ、日本一と称される活気を帯びた。だが、交通や衛生、禁止品の流通など問題が広がり、度重なる取り締まりの後、約1年で同市場は分散・移転した。

 その後、闇市から派生した商業地の形成から発展、衰退を詳述。ゴム製品や菓子類が並んだ三宮国際マーケット▽港湾労働者らの憩いの場となった飲食店街の三宮ジャンジャン市場▽鉄道高架下に定着した三宮高架商店街と元町高架通商店街▽戦地からの引き揚げ者が中心となって形成した湊川の商店街-を取り上げた。新興商業地を巡り、多国籍の在日外国人や引き揚げ者ら、多様な民衆が商業地に集まって連帯し、行政と交渉を重ねながら新たな市場を形成した過程を丁寧に描いている。村上さんは「戦後、神戸のにぎわいの中心になった三宮は、闇市から広がっていった。そんな歴史的な側面を知ってもらいたい」と話す。

        ◇

 A5判。388ページ、4536円。15日午後2時から、神戸市中央区小野浜町のデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)で村上さんのトークイベントがある。無料で申し込み不要、先着80人。当時の写真を集めた展覧会も同センターで開催中。慶応義塾大学出版会TEL03・3451・6926

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