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酒造りの季節を迎え、蒸し上がった米を仕込む田中真澄さん(右)と忍さん(左奥)=明石市大久保町江井島、太陽酒造
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酒造りの季節を迎え、蒸し上がった米を仕込む田中真澄さん(右)と忍さん(左奥)=明石市大久保町江井島、太陽酒造
夫婦が小豆島で打ち上げた花火=2018年8月15日(田中さん提供)
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夫婦が小豆島で打ち上げた花火=2018年8月15日(田中さん提供)

 兵庫県明石市大久保町江井島の「太陽酒造」は夫婦2人だけの小さな老舗酒造会社だ。阪神・淡路大震災で運命が一変し、一時は約2億円の借金を抱えた。現社長の田中忍さん(69)と妻の真澄さん(64)は何度も危機を乗り越え、昨年5月に借金を完済した。「運がよかったんや」とぶっきらぼうに笑う夫を「お互いよく頑張ったよね」とたたえる妻。2人は今年も、小さな蔵で酒造りに精を出す。(勝浦美香)

 1995年1月17日、酒蔵は全壊。倒壊は免れ、酒造りを再開する設備は1週間ほどで整った。だが、主な取引先だった神戸の飲食店は全滅。酒を造っても売る相手がいなくなった。

 すぐに借金が膨れ上がった。取引銀行も経営破綻し、整理回収機構から5年以内の返済を言い渡された。

 「酒造りはもうやめよう」。2006年、蔵の売却を決めた。

 そこに現れたのが酒造再生事業をうたうベンチャー企業。「あんたに酒を造ってほしいんや」という一言に心を動かされ、買収に応じた。前社長の父親が亡くなる前、蔵の存続を伝えると、うれしそうに「うん」とうなずいた。

 しかし、ベンチャー企業が条件とした東京での販路拡大は失敗。08年秋、蔵はマンション業者への売却を告げられた。

 怒りがこみ上げた。父親の顔が頭をよぎり「手放すものか」と必死になった。

 売却期限が迫ったとき、救世主が現れた。大型ディスプレー開発で有名になった神戸の企業「篠田プラズマ」。常連客の男性こそが社長の篠田傅(つたえ)さんだった。篠田さんから銀行の紹介を受け、蔵を取り戻した。

 「利子を含めたら1億7千万円。『億』なんて想像もつかない単位だから逆に迷わず借りられちゃったの」と真澄さん。

 それから10年、一度も遅れることなく借金を返した。返済額は多いときで月150万円。2人の月給は手取り6万5千円。

 「完済したら、花火でも上げよう」。冗談のような約束が励みだった。

 昨年5月、忍さんが脳梗塞で倒れた。左半身がしびれ、元の体に戻るのは無理だと告げられた。必死でリハビリに励むうち、完済の日はあっけなく過ぎた。

 1カ月後、忍さんは退院した。10年越しの約束を果たすときが来た。

   ◇  ◇

 昨年8月15日。篠田さんら会社を支えてくれた人に声を掛け、香川県・小豆島の花火大会に向かった。

 夫婦で企画した「メッセージ花火」を見るための総勢35人の大旅行だ。

 感謝の言葉のアナウンスに合わせ、夜空に花火が次々と打ち上げられてゆく。

 2人が用意したのは5発。だが、その後にもう1発、ひときわ大きなオレンジ色の花火が上がった。

 「いつもわがまま、やりたい放題ごめんなさい。あとしばらくわがまま、酒造りをさせてください」

 妻に感謝し、夫が内緒で用意した花火だった。

 「普段はきついことばっかり言う昭和の男に、そんな優しさがあったのね」

 真澄さんは驚き、しんみりした。

   ◇  ◇

 「赤石(あかし)」「たれくち」の銘柄で知られる酒蔵。酒造りの季節になると、毎年多くのファンが手伝いに集まる。

 酒米を運び、機材を洗い、瓶にラベルを貼る。大半がボランティア。「太陽酒造の酒が好きだから」という人ばかりだ。

 「考えてみると、すごい会社よね」と真澄さん。「本当においしいと思う酒を、身の丈にあった量だけ造る。これからも何も変わらんよ」。忍さんが目を細めた。

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