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実物大の馬場さんのリングシューズをかたどったモニュメントとイラストが刻まれたプレート=31日午前、明石市上ノ丸1
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実物大の馬場さんのリングシューズをかたどったモニュメントとイラストが刻まれたプレート=31日午前、明石市上ノ丸1
実物大の馬場さんのリングシューズをかたどったモニュメント
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実物大の馬場さんのリングシューズをかたどったモニュメント
リング上で「16文キック」を繰り出すジャイアント馬場さん=東京・日本武道館(1979年8月26日)
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リング上で「16文キック」を繰り出すジャイアント馬場さん=東京・日本武道館(1979年8月26日)
明石球場に集合する巨人の選手たち。後にプロレスに転向したジャイアント馬場さんも最後列でひときわ目立つ=1958(昭和33)年か59(同34)年の撮影とみられる
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明石球場に集合する巨人の選手たち。後にプロレスに転向したジャイアント馬場さんも最後列でひときわ目立つ=1958(昭和33)年か59(同34)年の撮影とみられる

 日本を代表する人気プロレスラーだったジャイアント馬場(本名・馬場正平)さんが亡くなってちょうど20年となる31日、兵庫県明石市上ノ丸1の本松(ほんしょう)寺にある馬場さんの墓前に、愛用したリングシューズ(サイズ34センチ)の実物大モニュメントと馬場さんのイラストを刻んだプレートが完成した。馬場さんが「第二の古里」と愛した明石に、また一つ大きな“足跡”を残す。(小西隆久)

 馬場さんは新潟県出身で、1955年にプロ野球・巨人に入団。60年に引退してプロレス界入りし、日本人離れした209センチの長身を生かした豪快な「16文キック」などで人気を集めた。

 明石市との縁は、昨年4月に78歳で亡くなった妻元子さんがつないだ。巨人の明石キャンプで後援者の娘だった元子さんと出会い、結婚。以来、明石市を「第二の古里」と呼び、東京明石会の会員にもなった。

 阪神・淡路大震災の際には、チャリティー興行で被災者を励ました。98年4月には、県立明石公園に身長と同じ高さの震災碑を建てた。生涯現役を貫いたが、99年1月31日、61歳で亡くなった。

 馬場さんは生前、元子さんの両親が眠る本松寺に墓を建てるよう希望。馬場さんの死後、遺骨は元子さんがずっと手元に置いていたが、昨年6月、元子さんの法要で親族が「いつも一緒の夫婦だったから」と2人同時に納骨した。

 リングシューズとプレートは、元子さんのめい、緒方理咲子さん(61)=埼玉県=ら親族が建立。石材店に本物のシューズを見本として渡し、黒御影石で作った。その脇に立つ高さ約56センチのプレートには、ユーモアあふれる馬場さんのイラストが刻まれている。

 この日、明石市内に住む親族が馬場さんと元子さんの法要を営み、釋孝修(しゃくこうしゅう)住職が読経する中、モニュメントを除幕した。緒方さんは「墓をお参りしてくれるファンがモニュメントを見て馬場さんをしのび、元気になってもらえたらうれしい」と話している。

【16文キック】 デイリースポーツなどによると、馬場さんが愛用していたアメリカ製の靴の底に「16(インチ)」のラベルがあり、それを見た報道関係者が「16文」と勘違いして名付けたとされる。16文は約38センチで、馬場さんの実際の足のサイズは34センチだったが、必殺技の名前として定着した。

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