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発見された四つの刻印のうちの一つ。いずれも円形で3カ所に穴が開いている=姫路市白国
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発見された四つの刻印のうちの一つ。いずれも円形で3カ所に穴が開いている=姫路市白国
矢穴が掘られた巨岩と発見した増位の史跡を守る会のメンバー=姫路市白国
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矢穴が掘られた巨岩と発見した増位の史跡を守る会のメンバー=姫路市白国

 世界文化遺産・国宝姫路城の石垣に使われた石が、城の約4キロ北にある増位山から採石されていたことが、兵庫県姫路市の市立城郭研究室の調査で分かった。姫路城の石垣の採石場所は複数あると推定されてきたが、特定されたのは、城の南西にある鬢櫛(びんぐし)山に次いで2例目。専門家は「どの山のどんな石をどう加工していたかが分かり、石垣を原形に忠実に保存・修復できるようになる」と評価する。(地道優樹)

 同研究室の多田暢久係長(53)によると、姫路城の石垣の石は、大半が比較的軟らかくて扱いやすい凝灰岩。城近くの山には凝灰岩が多く、増位山を含めた周辺に採石場があったと推定されていた。

 増位山では2016年11月以降、住民らによって、岩に刻まれた直径約10センチの円形の模様や、岩に等間隔に並んだ長方形の穴の列が相次いで発見された。模様は石材提供者や採石場を示すとされる「刻印」で、同研究室が確認したところ、姫路城の石垣の広範囲で確認された模様と一致した。長方形の穴は砕石のために岩に彫った「矢穴(やあな)」であることも明らかになった。

 刻印は4カ所、矢穴は約60カ所で確認された。鬢櫛山でも約10年前、同様の刻印や矢穴が確認されているが、その後、他の産地を特定できていなかった。

 多田係長は、今回見つかった矢穴を「大きさからみて、江戸初期の池田輝政による築城か、本多忠政の西の丸造営の時期に使われた可能性が高い」と推測。当時の加工技術だけでなく、矢穴の分布から採石場の中心地や姫路城までの運搬ルートを特定する重要な手掛かりにもなるという。

■地元住民らの踏査、採石地の特定に■

 推定はされながら、特定できなかった姫路城石垣の採石地の確認につながったのは、地元住民団体「増位の史跡を守る会」の2年にわたる踏査の成果だった。故奥村章さんと藤後(とうご)平八さん(81)、碁盤直人さん(68)らが中心になり、刻印や矢穴を次々と見つけた。

 調査を提案したのは、同会の天野守雄さん(78)。2016年に安土城(滋賀県近江八幡市)の矢穴を紹介する新聞記事を読み、増位山麓の神社・大年社(おおとししゃ)(姫路市白国3)近くの岩に似た穴があるのを思い出した。

 その後、藤後さんと碁盤さんが東尾根のハイキングコース近くの岩などで矢穴を見つけ、その過程で刻印の存在にも気付いた。2人は「何百年の歴史を超えて奇跡的に残っていたことに感激した」と話す。

 姫路市立城郭研究室の多田暢久係長は「全国的に城郭の石垣の原形を保つ保存が課題になる中、特定につながった住民の功績は大きい」と評価。今後も地元住民らと共同で調査を進めていくという。

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