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「学ぶことの喜びを教えられる毎日」と話していた教諭時代の草京子さん=2009年、丸山中学校西野分校
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「学ぶことの喜びを教えられる毎日」と話していた教諭時代の草京子さん=2009年、丸山中学校西野分校
草京子さんの遺影を手に、思い出を語る夫の畑孝さん=神戸市須磨区
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草京子さんの遺影を手に、思い出を語る夫の畑孝さん=神戸市須磨区

 神戸市の公立夜間中学校で約20年間教え、夜間中学を増やす活動にも尽力してきた元教諭の草(くさ)京子さん=同市須磨区=が1月中旬、腎盂(じんう)がんのため65歳で亡くなった。生徒一人一人の人生に寄り添い、年齢や国籍を超え「母」と慕われた。折しも、長らく夜間中学の普及に消極的だった文部科学省が設置促進に向けて重い腰を上げ、活動が実を結び始める矢先だった。早過ぎる死に、各地の教員仲間や教え子らから惜しむ声が上がる。(上田勇紀、広畑千春)

 草さんは富山県生まれ。同志社大卒業後、1978年に神戸市教育委員会に採用された。一般中学で国語を教えていた頃、不登校などで悩む子どものフリースクールをつくる活動に参加し、夜間中学の教壇に立つことを志すように。92年、兵庫中学北分校(神戸市兵庫区)に赴任した。

 そこでの生徒との出会いが、後の半生を決めた。覚えたての文字で「字をよみたい、書きたいと思いつづけて44年」とつづった被差別部落出身の女性。53歳で入学した在日コリアン2世の女性も幼少期から差別され、それまで生きることで精いっぱいだったが、学ぶ喜びに生き生きとしていた。戦争や差別、貧困-。さまざまな事情で十分な教育を受けられなかった人たちが懸命に学んでいた。

 「その姿に突き動かされたんだと思います」と夫の畑(はた)孝さん(65)。草さんは休日も作文指導をしたり、卒業後も識字教室に付き添ったりした。その傍ら「全国で初めて公立夜間中学ができた神戸から発信を」と、先人の熱意から生まれた夜間中学の歴史をまとめ、拡充の必要性を全国の教員らと訴えた。

 その後、一般中学を挟んで2006年から再び夜間の丸山中学西野分校(同市須磨区)へ。従来の中国残留孤児や在日コリアンらに加え、東南アジアなどから来日した「ニューカマー」と呼ばれる若い外国籍の生徒が増えていた。また不登校経験者が入学を希望しても、中学を卒業しているために入れない「形式卒業」の問題も顕在化していた。

 14年に定年退職を迎えたが、「学び直し」のニーズが多様化する中で、夜間中学の存在意義を広める必要性を一層強く感じていた。

 16年には、夜間中学など教育機会の確保を盛り込んだ教育機会確保法が成立。「これからや」と意気込んでいたが、時をほぼ同じくして、がんが見つかった。

 がんの進行に焦りを覚えながら18年には、同法制定に関わった前川喜平・元文部科学事務次官を招いた集会を神戸市で開いた。県内の空白地域での開校を目指し「ひょうご夜間中学をひろげる会」も発足させた。激痛で2時間と続けて眠れない中、夜中もパソコンを開き資料作りに励んだ。

 帰らぬ人となったのは今年1月19日午前1時55分。通夜と葬儀には教え子ら約400人が参列した。

 当初は日本語が全くできなかったベトナム人のトラン・グェン・キム・タオさん(27)=岡山市=は西野分校で草さんに出会い、高校にも進学した。「お母さんみたいな存在。先生がいたから今の私がいる」。今は専門学校で看護師の夢を追う。

 西野分校教諭の井口幸治さん(48)は「『全ての人に義務教育を』という草さんの情熱を受け継ぎたい」と力を込める。

【公立夜間中学校】義務教育を修了できなかった人や外国人らを対象に、自治体が中学校の校舎で夜間に開く学級。1949年に駒ケ林中学(神戸市長田区)で開設されたのが全国初とされる。54年の87校をピークに減少に転じ、2017年の文部科学省調査では8都府県に31校(兵庫県内は神戸市2校、尼崎市1校の計3校)、計1687人が在籍。一方で義務教育未修了者は全国に12万人以上いるとみられる。19年4月に埼玉県川口市と千葉県松戸市で新設される動きもある。

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