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「基地の負担軽減を求める沖縄の思いをくみ取って」と訴える具志堅和男さん=尼崎市西長洲町2
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「基地の負担軽減を求める沖縄の思いをくみ取って」と訴える具志堅和男さん=尼崎市西長洲町2

 兵庫県内には昭和初期ごろから、沖縄の人たちが出稼ぎのために船で渡り、尼崎市や神戸市などに住むようになった。現在も2世、3世が多く在住する。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設の賛否を問う県民投票が24日に迫る中、沖縄県人会兵庫県本部(尼崎市)の具志堅和男会長(72)=西宮市=は「国から差別されてきた沖縄の歴史を知って、兵庫県の人も思いを寄せてほしい」と訴える。(久保田麻依子)

 両親は本島北部の本部町出身。阪神間で育った具志堅さんは18歳のときに初めて沖縄を訪れた。本土復帰前で、異国情緒たっぷりなのが気に入った。ただ、道路は未舗装で、交通が整備されていない。「あらゆることにカルチャーショックを受けた」。以来、毎年のように沖縄を訪ねている。

 本土では「沖縄は基地経済に大きく依存しているから、基地は必要」と決まり文句のように言われる。しかし2013年に尼崎市で開かれた「全国沖縄県人会交流会」の講演で、翁長雄志(たけし)前知事(当時は那覇市長)は、返還された基地跡地の開発とその発展を示し「基地は沖縄の経済を阻害している」と訴えた。「新鮮さがあり、強く印象に残った」と振り返る。

 「近年は沖縄が明確に『基地NO』の意思表示をしている。保守、革新の立場を超えた『オール沖縄』で闘った翁長さんの遺志を継がねば、と思う沖縄県民は多いのでは」

 昨夏、県人会の会長に就任した。兵庫県本部は全国の県人会の中でも熱心に活動しており、方言の勉強会や三線講座が頻繁に催される。兵庫と沖縄の若者が両県を訪問する「友愛キャンプ」は、本土復帰翌年の1973年から毎年続く。県人会としては政治的な活動や表明は「控える」とする一方、具志堅さんは「沖縄の人たちにとっては命に関わる問題。政府は『辺野古移設は唯一の解決策』と言うが、果たしてそれは事実なのか。国が説明することを改めて検証するべきではないか」と強調する。

 沖縄では投票を呼びかける動きが、世代を超えて盛り上がっている。「県民投票は基地問題にイエス、ノーの意思をはっきりと表明する機会。本土でも結果次第では、基地の負担軽減に向けた議論を進めていく必要がある。県民投票に注目して、ウチナーンチュ(沖縄の人)たちの気持ちをしっかりと受け止めてほしい」

【沖縄と兵庫の関わり】沖縄県人会兵庫県本部の結成史などによると、沖縄出身者は1930年代ごろから、仕事を求めて大阪や兵庫に移り住んだ。沖縄が本土復帰した72年、沖縄と兵庫は「友愛協定」を締結。75年には兵庫県民の募金で那覇市に「友愛スポーツセンター」(現在は閉鎖)が建設されるなど、長年交流が続けられている。太平洋戦争末期に沖縄の官選知事だった島田叡(あきら)氏は神戸市須磨区出身で、戦時下で住民保護に奔走し、行方不明になった。今も沖縄では「島守(しまもり)」と呼ばれている。島田氏の功績を後世に伝えようと、2015年には那覇市に顕彰碑が建立された。

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