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米軍普天間飛行場の移設先として、埋め立て工事が進む沖縄県名護市辺野古の沿岸部=23日午後
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米軍普天間飛行場の移設先として、埋め立て工事が進む沖縄県名護市辺野古の沿岸部=23日午後
県民投票の実現に向けて活動してきた元山仁士郎さん=那覇市(本人提供)
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県民投票の実現に向けて活動してきた元山仁士郎さん=那覇市(本人提供)
自身の経験から基地被害について全国で講演する平良嘉男さん=2017年8月、尼崎市
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自身の経験から基地被害について全国で講演する平良嘉男さん=2017年8月、尼崎市

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設を巡る沖縄の県民投票が24日、投開票を迎える。1996年に沖縄で実施された前回から数えて全国で2例目となる県民投票を前に、実施を呼びかけた「『辺野古』県民投票の会」代表の元山仁士郎さん(27)=沖縄県宜野湾市=と、基地による被害について語る活動を兵庫県でしていた平良嘉男さん(67)=東京都=に思いを聞いた。

■「なぜ投票」全国で考えて「『辺野古』県民投票の会」代表 元山仁士郎さん(27)

 普天間飛行場のある宜野湾市で生まれ育ち、基地がある光景が当たり前だった。大学受験で上京していた2011年3月、東日本大震災が発生。福島第1原発事故を見て「危険な施設が地方に押しつけられる状況は、沖縄の米軍基地も同じ」と考えるようになった。

 昨春に大学院を休学し、沖縄に戻って投票実現に向けて準備を始めた。同世代の仲間も協力し、請求に必要とされる署名数を上回る9万筆超が集まった。

 一時、宜野湾市を含む5市の首長が県民投票への参加を拒否する意向を示した。悔しい思いを抱えて沖縄の歴史を調べると、先人たちがハンガーストライキで抗議の意を表していたことを知り、市役所前で決行。再び署名を集めた。

 応援してくれる若者がいる一方、街宣車から「迷惑だ」と罵声を浴びることもあった。水と塩だけの行動は5日目にドクターストップで終了したが、直後に全県実施が決まった。

 「沖縄の中だけでは解決できない。なぜ県民投票までしなければいけなかったのか、考えてほしい」と訴える。(石川 翠)

■現在の「県民像」示す日に 兵庫で基地被害を語った 平良嘉男さん(67)

 60年前の6月、沖縄県うるま市(旧石川市)の宮森小学校の校舎に、米軍ジェット機が墜落した。事故では児童11人を含む17人が犠牲となり、210人が負傷した。

 平良さんは当時、小学2年生だった。給食のミルクを口にしたときに頭上からごう音が聞こえ、窓の外が赤く染まった。外を目指して逃げる途中「木炭のように黒焦げた仲間を目にした」と振り返る。その後、教師になり、2012年に同小の校長として退職した。

 「本土で沖縄の現状を伝えよう」と、14年から約4年間、西宮市で保育園長をしながら当事者として語る活動を行ってきた。昨年、東京に移っても、その思いは変わらない。

 平良さんは「沖縄の人が基地の負担軽減を訴え続けている一方、政治や教育もヤマト(本土)化が進み、保守的な考えの人も増えてきた」と指摘。そんな中での県民投票は「今日の『県民像』を示すものになると思う」とする一方、本土の人たちに対し「沖縄の問題を『対岸の火事』とせず、国民全体で注目し、議論してほしい」と訴えた。(久保田麻依子)

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