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尼崎JR脱線事故の被害者支援が話し合われたTASKの会合の様子=2009年3月、大阪市内
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尼崎JR脱線事故の被害者支援が話し合われたTASKの会合の様子=2009年3月、大阪市内

 1991年に起きた信楽高原鉄道事故の遺族や弁護士が結成し、被害者支援や鉄道事故調査の充実を提言してきた民間組織「鉄道安全推進会議(TASK)」が6月に解散することを決めた。約25年に及んだ活動は国を動かし、新たな事故調査の制度を実現。乗客106人が犠牲となった尼崎JR脱線事故(2005年)をはじめ、多くの事故で遺族や被害者を支えた。

 信楽高原鉄道事故では、滋賀県信楽町(現甲賀市)で信楽高原鉄道とJR西日本の列車が正面衝突し、42人が亡くなった。

 当時、国に鉄道の専門調査機関がなく、遺族に示されたのは、運輸省(当時)の臨時組織がまとめたわずか12ページの調査報告書だった。事故で妻を亡くした故・吉崎俊三さん(宝塚市)や佐藤健宗弁護士(明石市)らは93年、「被害者が納得できる事故調査」を求め、TASKを発足させた。海外の事例を視察し、国に調査機関の設立を働きかけた。

 01年、国土交通省が航空・鉄道事故調査委員会(現運輸安全委員会)を新設。尼崎JR脱線事故の後は、遺族とTASKのメンバーが国交省に出向いて被害者支援の充実を申し入れ、12年には同省に公共交通事故被害者支援室もできた。

 しかし、発足から四半世紀が経過し、昨年5月に05年から会長を務めた吉崎さんが84歳で死去。中心にいた遺族が亡くなり、活動は一定の成果を挙げたとして、今年2月の役員会で解散を確認した。6月23日に大阪市内で総会を開き解散する。残る活動費は鉄道事故の被害者団体に寄付することなどを検討している。

 尼崎JR脱線事故で長女を亡くし、ともに活動してきた藤崎光子さん(79)=大阪市=は「TASKが事故調査や被害者支援の土台をつくってくれた。つらいとき、TASKが頼りだった」と振り返った。(中島摩子)

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