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妹人形の「ダイナ」を抱っこしてかわいがる園児たち=山口こども園
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妹人形の「ダイナ」を抱っこしてかわいがる園児たち=山口こども園
唇の下や右手に傷痕が残る「メリー」(左)と新しく届いた「ダイナ」
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唇の下や右手に傷痕が残る「メリー」(左)と新しく届いた「ダイナ」

 1927(昭和2)年、日本の子どもたちとの友情や平和を願って米国から贈られた約1万3千体の「青い目の人形」のうちの1体「メリー」が残る兵庫県朝来市立山口こども園(同市羽渕)に、当時、人形による日米親善を呼び掛けた米国人宣教師シドニー・ギューリック氏(1860~1945年)の孫から4日、妹人形の「ダイナ」が届いた。園児たちは早速、ダイナを抱っこしてかわいがった。(長谷部崇)

 メリーは身長約40センチ。色あせたビロードのワンピースにコートを羽織り、コールテンの帽子に革靴でおめかししている。全国で現存する人形は337体で、県内には11体が残るという。

 加古川市の作家西村恭子さん(74)の著書「青い目の人形メリーの旅」によると、ギューリック氏は日本で25年にわたって布教活動をした後、1913年に帰国した。米国で強まっていた日本人移民排斥運動に反対し、世界児童親善会を組織。日本の子どもに人形を贈る「友情人形計画」を提唱した。

 贈る人形の条件は身長45センチ。寝かせば目を閉じ、起こせば「ママー」と話す「ボイスドール」だった。男の子がバザーなどでお金を集めて人形を購入し、女の子や保護者が着替えの衣装を手作り。全米から寄せられた人形は11隻の船が横浜や神戸に運び、全国の小学校や幼稚園に配られた。

 山口幼稚園(現山口こども園)の元園長、神橋綾子さん(1912~2011年)はメリーについてまとめた手記の中で「目を開けたり閉じたり、寝かすと『ママー』と可愛い声を立てるのです。まつ毛があり、革靴を履いている、ビロードの服、オーバー、帽子と、とても綺麗な人形でした」と振り返っている。

 しかし太平洋戦争が始まると、多くは「敵国人形」として廊下につるされ、袋だたきにされて焼かれるなど、悲惨な運命をたどった。

 元園長も43年秋ごろ、併設の小学校教諭から「処分しなければならない」と告げられ、人形を提出。手記では「職員室の前の芋畑で、男の子たちが、人形を放り投げて遊んでいるのです。足を持って引っ張りあったり、放り投げたり、また、ひとりの子は木切れで打ち投げて遊んでいました」と記している。

 ごみ焼き場に捨てられた泥だらけの人形をふびんに思った元園長は、新聞紙に包んで保育室の片隅に隠した。元園長の長女橋本玲子さん(81)=朝来市=は「母は『人形が見つかったら、非国民として殺されるかも』と話していました」と振り返る。

 ギューリック氏の遺志を継ぐ孫のシドニー・ギューリック3世氏も日本に人形を贈る活動に取り組み、桃の節句に合わせて妹人形の「ダイナ」を同園に届けた。身長約50センチの立ち人形。水玉模様のワンピースや赤い上着は妻が手作りしたといい、「アメリカと日本の子どもたちの間に世界的な友情が通じるように、90年前と同じ気持ちで贈ります」とのメッセージも添えた。

 園児(6)は「メリーちゃんはかわいいし、ダイナちゃんも優しい顔。両方大事にしたい」とうれしそうだった。

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