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327人と犬2匹が屋上に逃れて津波から助かった高野会館の前で、震災遺構として残すことを誓う南三陸ホテル観洋のおかみ、阿部憲子さん=宮城県南三陸町志津川(撮影・吉田敦史)
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327人と犬2匹が屋上に逃れて津波から助かった高野会館の前で、震災遺構として残すことを誓う南三陸ホテル観洋のおかみ、阿部憲子さん=宮城県南三陸町志津川(撮影・吉田敦史)

 東日本大震災の被災地で遺構の多くが姿を消す中、宮城県南三陸町では一つの建物を保存する取り組みが動き出している。海岸にほど近い冠婚葬祭式場「高野会館」。あの日、利用客ら327人が屋上に避難し、命が救われた。町は財政難などを理由に支援しない方針だが、所有者らは阪神・淡路大震災の遺構の存在から、経験と教訓を伝える「物言わぬ語り部」を残す使命感を新たにしている。(金 旻革)

 831人の死者・行方不明者(関連死を含む)が出た南三陸町。高野会館は志津川湾の約200メートル先にある。8年前の激震が起きたのは、宴会場で催されていた老人クラブの芸能発表会が散会した直後だった。

 会場はパニックに陥ったが、従業員は冷静だった。会館の高さは通常の5階建てビルに相当し、耐震基準も満たす。「避難するなら屋上」ととっさに判断し、外へ逃げようとする人々を出入り口に立ちふさがって引き止めた。

 建物自体は屋上付近まで押し寄せた津波で大きく損傷したが、避難した人々は全員助かった。会館を管理する「南三陸ホテル観洋」のおかみ、阿部憲子さん(56)は「的確な判断が奏功した」と振り返る。

 一方、まちの復旧作業が始まると、被災した小学校や警察署、病院は次々と解体された。阿部さんも会館を遺構として残すべきと考え、南三陸町に寄贈を申し入れたが、受け入れられなかった。

 同町では多数の犠牲者が出た防災対策庁舎の存廃に議論が集中。宮城県が震災20年の2031年まで所有する方針を決め、結論は先延ばしになったが、町は「1市町村1遺構に限られる国の復興交付金は防災対策庁舎に活用する。高野会館の維持管理はできない」とする。

 保存の在り方を思い悩んでいた阿部さんは、4年前に訪れた北淡震災記念公園(淡路市)で被災家屋「メモリアルハウス」の存在を知った。同公園前総支配人の宮本肇さん(64)がハウス所有者に幾度も頼み込んで保存が実現したと聞き、「100年先を見据えた取り組みが必要」と会館保存への思いを強くした。

 阪神・淡路の遺構「神戸の壁」の保存活動に取り組んだ市民団体「リメンバー神戸プロジェクト」代表の三原泰治さんも、会館を残す意義に共感。阪神・淡路の遺構保存の経緯を紹介するパネル展を同ホテルで開催し、協力を買って出てくれた。

 「理解者が広がることはありがたい」と阿部さん。自らも語り部として津波の経験を伝え続ける。「遺構があるからこそ災害の重みが伝わる。次の災害から命を守るための防災・減災意識を高める場所として維持する方法を模索したい」

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