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励ましの手紙を大切に保管している松川とも子さん=宮城県石巻市
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励ましの手紙を大切に保管している松川とも子さん=宮城県石巻市
松川さんと交わした手紙を前に語る瓜谷幸孝さん=神戸市垂水区
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松川さんと交わした手紙を前に語る瓜谷幸孝さん=神戸市垂水区

 東日本大震災で被災した宮城県石巻市の松川とも子さん(79)には、大切に保管している手紙がある。差出人は神戸市垂水区の瓜谷幸孝さん(71)。震災がきっかけで出会い、いつしかファクスで始まった文通は60回を超える。阪神・淡路大震災で被災した瓜谷さんの励ましの言葉は生きる力となり、心の痛みを分かち合う尊さを教えてくれた。(金 旻革)

 2011年の大みそか、松川さんの暮らす仮設住宅を瓜谷さんが訪ねた。瓜谷さんは「元気メール」と名付けたメッセージを国内外の被災地に届けるNGO「アジア・アフリカ環境協力センター(アセック)」の理事長。全国から募った年賀状を配りに来た。

 松川さんは約9カ月前の3月11日、港近くの自宅2階で一晩を明かした。津波は1階天井まで到達。家族は無事だったが、水が引いた後に残された大量のヘドロに打ちひしがれた。

 そんな年が終わろうとするとき、気持ちを持ち直してくれたのが元気メールだった。小学生や幼稚園児らがたどたどしい文字でつづる「がんばってください」の文字。松川さんは「胸がいっぱいになってありがたかった」。これを機に瓜谷さんとファクスで近況を報告し合うようになった。

 例えば15年3月11日は、まず瓜谷さんから松川さんに送った。

 震災から4年となります。お体の方ご自愛下さい。私の住む復興住宅の小さな森では、先週からウグイスが鳴いています。これから幸せがたくさんきますように。

 返答にはこうつづった。

 強風に雪がちらつく寒い寒い11日の朝です。(震災を)思い出して胸が痛みました。復興の加速に期待して毎日を送ってます。もうすぐ春ですね。

 優しさが伝わる文章に、松川さんは本音が口をついて出た。体調が悪いときは家族にさえ言いにくかったが、手紙には書き記せた。書くことで気が安らぎ、生きようと思えた。

 15年4月、ネパールで大地震が発生。約9千人が犠牲になった。松川さんは避難所だった石巻市立湊小と湊中に呼び掛け、計約270人の子どもたちで激励の寄せ書きを作って被災地に送った。

 「震災で失ったものは多いが、震災があっての出会いや励ましで人の痛みに寄り添えるようになった」と松川さん。「生きる道しるべをくれた瓜谷さんに感謝したい」とほほ笑んだ。

   ◇

 「手紙を残してくれていたことに驚いた。うれしい」。瓜谷さんははにかみながら、言葉を継いだ。「一枚の手紙が生きる希望を与える。自分もそうだった」

 原点は24年前。阪神・淡路大震災だ。神戸市長田区の自宅は全壊。2時間生き埋めになり、重傷を負った。放心状態だった震災2日目、経営する会社に届いたファクスに目を見張った。

 「一方有難 八方支援(どこかに困難があれば四方八方から支援する)」。差出人は中国の上海市金山県(現・金山区)の知事。1991年に同県で起きた水害で、瓜谷さんのアセックは救援物資を届けた。「今度は私たちが助ける番だ」。込められたメッセージに心が震え、涙があふれた。

 それから国内外の被災者に向け、年賀状や暑中見舞いを集めては届け続けている。「災害があっても被災者は孤独ではない。心配してくれる人は世の中にたくさんいる」。体が動く限り、いつまでも被災者を励ますつもりだ。

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