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平成の始まりに合わせて社名を変えた別府清則さん(左)と息子で現社長の昌夫さん=尼崎市道意町6
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平成の始まりに合わせて社名を変えた別府清則さん(左)と息子で現社長の昌夫さん=尼崎市道意町6
平成製作所の看板=尼崎市道意町6
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平成製作所の看板=尼崎市道意町6
阪神・淡路大震災で倒壊した高速道路の再建工事で、重機に使われた大型ねじ=尼崎市道意町6
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阪神・淡路大震災で倒壊した高速道路の再建工事で、重機に使われた大型ねじ=尼崎市道意町6

 平成も残りわずか。一つの時代の終わりを、特別な思いで見守る町工場が尼崎市にある。金属加工の「平成製作所」(同市道意町6)。平成が始まった年に、新元号に「全ての人が平和で幸せになれるようなものづくりを」との目標を重ねて社名を改めた。バブル経済とその崩壊、阪神・淡路大震災、リーマン・ショック…。激動の時代と重なる工場の歩み。令和(れいわ)の世を前に、別府昌夫社長(49)は「次の時代も大きな目標に向かって挑戦し続けたい」と意気込む。(小谷千穂)

■平成元(1989)年 改元

 同製作所の前身は、別府さんの父で旋盤工の清則さん(78)が1967年に起こした「別府鉄工所」。新元号「平成」が発表されると、家族で「いい元号やな」と感心し、父方の祖父・芳成(よしなり)さんと1文字重なる親近感もあって、7月1日から「平成製作所」に改称した。別府さんはこの年入社した。

■平成2(1990)年 バブル期

 好景気に乗って事業を広げる中で「社名の意味を忘れず、社会に貢献できる仕事を」と、ごみ収集車や消防のはしご車に使われる部品などの受注も始めた。

 社員旅行は年に2回。別府さんは入社間もなかったが、口達者でひょうきんな人柄と相まって取引先などから「平成さん」の愛称で親しまれるようになった。

■平成7(1995)年 阪神・淡路大震災

 工場は一部損壊、機械が壊れる被害も出た。そんな折、取引先から、倒壊した阪神高速道路の再建工事で使う重機用の大型ねじ400本を「大至急作ってほしい」と依頼があった。

 当時、大型ねじを作る機械は工場になかったが、別府さんは「復興の力になりたい」と快諾。会社に泊まり込み、小さな機械で鋼材を繰り返し削ることで発注品を完成させた。赤字の作業だった。

■平成21(2009)年 リーマン・ショック

 不況の波は大企業より半年遅くやって来た。売り上げは3分の1になり、借金は3千万円に膨らんだ。別府さんは「いつ仕事が増えるのか。もう無理かもな」と弱気になったが、10月に2人目の子どもとなる長女が誕生。奮起する原動力となった。

■平成31(2019)年 現在

 コンピューターを使った旋盤で加工技術が向上し、注文の数は回復。不況に強い会社にしようと、自社製品の企画も始めた。

 加工する素材は、ステンレスから牛の角まで「削れるなら何でも」。形も自在で、自身が飼い犬の供養に後悔が残った経験を踏まえ、2月からはペット用の骨つぼを売り出した。

 「波瀾(はらん)万丈だった平成の30年間で強くなれた。何があっても乗り越えられる」と別府さん。「ものづくりに対する思いがこもった大事な社名」は変えるつもりはないという。

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