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大学教員になった前中夕紀さん(左)。憧れだった先輩・下浦善弘さんの父邦弘さんに報告した=神戸市北区
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大学教員になった前中夕紀さん(左)。憧れだった先輩・下浦善弘さんの父邦弘さんに報告した=神戸市北区
事故で亡くなった下浦善弘さん(遺族提供)
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事故で亡くなった下浦善弘さん(遺族提供)

 2005年の尼崎JR脱線事故で、中学・高校時代に慕っていた先輩を失った男性が今春、奈良県の大学で看護を教える教員になった。救命救急に携わる看護師として「災害派遣医療チーム」(DMAT)にいたが、経験を若手の育成に生かしたいと転身を決めた。事故から14年。命日を前に4年ぶりに遺族を訪ね「多くの命を救える社会づくりに貢献したい」と報告した。遺族は「今も思ってくれているのがうれしい。生きていた実感をかみしめられる」と語った。(山脇未菜美)

 前中夕紀(ゆうき)さん(31)で、奈良県の天理医療大で助教に就いた。事故で亡くなった神戸市北区の下浦善弘さん=当時(20)=は、中高一貫校・三田学園(兵庫県三田市)の柔道部の先輩。学年は三つ上で、その強さと面倒見の良さに憧れた。

 近畿大に進んだ先輩が事故で亡くなったと知り、インターネットで何度も下浦さんの記事を検索した。「身近な人が予期せぬ形で亡くなり、気持ちが追いつかなかった」。あの時、もっと救えた命があるのではないか-との思いから、看護系の大学を経て大阪急性期・総合医療センター(大阪市)で救命救急に携わり、14年にDMATに入った。

 DMATの看護師は災害現場で医師をサポートし、自衛隊や救急隊員と協力して救助活動も行う。救急患者を受け入れながら災害に備え続けた5年間、結果的に出動する機会こそなかったが、動揺する患者家族に寄り添う難しさを痛感した。「もっと実践的な教育プログラムをつくりたい」と、働きながら勉強して大阪大大学院医学系研究科に合格。3月に修了し、研究職への一歩を踏み出した。

 今月14日、下浦さんの実家で遺影に手を合わせて近況を伝えた。訪問はDMATに入った翌年の15年以来。「先輩への思いは昔と変わらず、心の柱となっている。今後も人生の節目に報告させてもらいたい」と誓う前中さんに、下浦さんの父邦弘さん(70)はこんな言葉を掛けた。

 「善弘も喜んでいるはず。事故を伝えてもらえるのは、風化させないという意味でもありがたい」

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