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尼崎JR脱線事故で亡くなった斉藤満さんに宛てた手紙を書いた母の百合子さん(左)と父の堅一さん=伊丹市南鈴原1(撮影・風斗雅博)
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尼崎JR脱線事故で亡くなった斉藤満さんに宛てた手紙を書いた母の百合子さん(左)と父の堅一さん=伊丹市南鈴原1(撮影・風斗雅博)

 乗客106人が犠牲になった2005年の尼崎JR脱線事故で、JR西日本が事故現場に設けた追悼施設「祈りの杜(もり)」に、長男の満さん=当時(37)=を亡くした兵庫県伊丹市の斉藤百合子さん(76)が記した手紙が展示されている。百合子さんは施設が完成し、「満にはお墓が二つできたのと同じ。現場で眠るあの子に読んでほしい」との思いで手紙を寄せた。事故から丸14年となる25日、事故現場で初めての追悼慰霊式が行われる。(名倉あかり)

 手紙は「天国の大好きな満へ 愛の手紙」と題した。満さんには妻と2人の子どもがいた。あの日の朝、満さんはJR伊丹駅から百合子さんと電話し、翌日に控えた2歳の息子の誕生日を一緒に祝う約束をしたという。

 「帰りに寄ると言ったよね。私は今でも待っているのよ-」。手紙には、2人が交わした最後の会話や突然会えなくなった悲しみ、わが子への感謝の言葉がつづられる。

 幼い頃から電車が大好きだった満さん。いろんな旅行に連れて行ってくれただろうに。一緒にまた歩きたかった。百合子さんは「手紙に書き切れないほどの心残りがいっぱいある」と話す。

 昨年9月、尼崎市久々知3の事故現場で、慰霊碑や展示スペースを備えた「祈りの杜」が公開された。「あの子が14年たってやっと帰ってきた場所。足が許す限り会いに行きたい」。穏やかな表情で夫の堅一さん(76)とうなずき合う。

 11年、当時は別の会場だった追悼慰霊式で、遺族代表として「天国では幸せですか」と問い掛けた百合子さん。手紙では「天国の満を見守り幸せにしていきます」と誓った。

 年数を重ねるほど、帰らぬ人になったという諦めと、「何で死んだの」という悔しさが入り乱れる。それでも、親としていつでも手を合わせ、祈り続けることが満さんの「幸せ」と考えたという。

 仏前には14年間変わらず、柔らかな香りが漂うユリの花を供える。朝は「天国から見守ってね」と語り掛け、夜は無事に一日が終わったと息子に報告するのが夫婦の日課だ。

 「いつか天国で会えたらいっぱい抱き締めて、今までのことを何日もかけて話したい」。手紙の最後は「またね」と締めくくられた。

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