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笠井智一さん
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笠井智一さん
湯浅笑子さん
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湯浅笑子さん
久保孝雄さん
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久保孝雄さん

 今月末で区切りを迎える平成期が昭和期と大きく違う点は、一般市民が戦争に巻き込まれなかったことだろう。30年余りの平穏を経て、令和(れいわ)へと移りゆく日本。国のために死ぬことを当然とする価値観が終戦で一変し、高度成長の活況を肌で感じてきた兵庫県の戦争体験者は、この転換期に何を思うのだろうか。(小川 晶、鈴木久仁子)

■日本の歩み再考の機会 笠井智一さん(伊丹市)大正15年生まれ

 「令和の『和』が昭和と同じやなあと。新しい時代が来るのに、何か不思議な感じがして」。昭和改元の9カ月ほど前に生まれ、人生で四つ目の元号を迎える伊丹市の笠井智一さん(93)の受け止めだ。

 篠山市出身の元海軍航空兵。南方戦線や本土防空戦で戦闘機を操縦し、多くの戦友の死に接した。

 令和改元に沸く日本は「騒ぎ過ぎ」と映る。時代の変わり目だからこそ、日本の歩みを見つめ直す必要を感じている。「私らが豊かな生活を送ることができるのは、戦死した人たちがいるからなんだ」

 笠井さんは強調する。「戦争体験の継承が大切と言われるけど、私らの方から教えるようなもんかね。若い人たちが自分から学ぼうとすべきなんじゃないか」

■被爆者への無関心増加 湯浅笑子さん(神戸市須磨区)昭和5年生まれ

 1945(昭和20)年8月9日、長崎に投下された原爆で家族5人を失い、戦後も原爆症の恐怖におびえ続けた湯浅笑子(えみこ)さん(89)=神戸市須磨区=は、それでも「昭和は平成よりも輝いていた」と断言する。

 戦争で傷ついた人たちが心を寄せ合って生き抜いたのが昭和。平成になると「ただ生きているだけ」の人が増えたと感じる。

 「言葉遣いも人間関係もどこかおかしくなってしまった。年寄りをだます振り込め詐欺なんて昭和の時代には考えられなかった」

 平成期の自身の変化も挙げる。「被爆体験を打ち明けられるようになったわね」。ただそれは、被爆者への理解が深まったのではなく、無関心な人が増えた結果のようにも思う。

■自由と平和新時代でも 久保孝雄さん(加古川市)大正15年生まれ

 加古川市の久保孝雄さん(92)も、昭和の印象が強烈だという。平成の終わりが近づいた今も「一日も忘れたことはない」という戦争体験のためだ。

 終戦の2日前、陸軍の少年飛行兵として米軍機と交戦。撃墜され、燃える機体から「死んでたまるか」と落下傘で脱出した。一方、ビルマ(現ミャンマー)で戦死した兄の最後の状況はいまだに分からない。

 戦後は趣味の海外旅行を楽しみ、自由をかみしめてきた。「やりたいことがやれて、言いたいことが言えるのは、平和だからこそ。令和になっても、国の都合で一つしかない命をやりとりする戦争は起こってほしくない」と訴える。

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