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慰霊碑のある式典会場で、亡き息子への思いを語った斉藤百合子さん=25日午前10時3分、尼崎市久々知3(撮影・大山伸一郎)
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慰霊碑のある式典会場で、亡き息子への思いを語った斉藤百合子さん=25日午前10時3分、尼崎市久々知3(撮影・大山伸一郎)

 これまでとは違う「4・25」の朝を迎えた。尼崎JR脱線事故の現場で、初めて開かれた追悼慰霊式。快速電車が激突したマンションは大きな屋根に覆われ、一帯は「祈りの杜(もり)」に姿を変えた。でも、脳裏に焼き付く14年前の光景は変わらない。愛する人の最期の場所。悲しさも悔しさも、大好きだったあの笑顔も。息子を亡くした母は昨秋できた慰霊碑を前に「やっと帰ってこられたね」と語り掛け、願った。「電車の安全を見守ってね」

 「天国から帰ってきた満へ」。長男の満(みつる)さん=当時(37)=を亡くした兵庫県伊丹市の斉藤百合子さん(76)は追悼慰霊式で「慰霊のことば」を述べた。穏やかな表情で碑の前に立ち、そこにいる息子と会話を交わすかのように何度も「満」と語り掛けた。

 子どもの頃は百合子さんを「お母さん」と呼んでいた満さん。成長するにつれて、照れくさそうに「おばちゃん」と呼ぶようになった。百合子さんは「『おふくろ』と呼んでもらうのが夢だったのよ」と心残りを打ち明けた。

 母親思いだった。あの日も自宅を訪ねてくれるはずだったのに、息子は突然旅立ってしまった。昨年9月に整備された追悼会場「祈りの杜(もり)」は、百合子さんにとって満さんが永遠に眠る場所だ。「やっと私たちの近くに帰ってこられたね。寂しかったでしょう、会いたかったでしょう」。息子との「再会」を慈しむように声を震わせた。

 満さんは幼い頃から電車が大好きだった。「電車の走る音、警笛の音が聞こえる場所で安全を見守ってね」。そう言うと、百合子さんは電車が激突したマンションを見上げた。

 「今日は悲しい顔は見せないで、笑顔で別れようね」。最後は一呼吸置き、「またね」とほほ笑んだ。(名倉あかり)

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