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事故発生と同じ時間帯に現場を通る電車から、マンションを見詰める原口佳代さん=25日午前9時16分、尼崎市久々知3(撮影・吉田敦史)
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事故発生と同じ時間帯に現場を通る電車から、マンションを見詰める原口佳代さん=25日午前9時16分、尼崎市久々知3(撮影・吉田敦史)

 これまでとは違う「4・25」の朝を迎えた。尼崎JR脱線事故の現場で、初めて開かれた追悼慰霊式。快速電車が激突したマンションは大きな屋根に覆われ、一帯は「祈りの杜(もり)」に姿を変えた。でも、脳裏に焼き付く14年前の光景は変わらない。愛する人の最期の場所。悲しさも悔しさも、大好きだったあの笑顔も。息子を亡くした母は昨秋できた慰霊碑を前に「やっと帰ってこられたね」と語り掛け、願った。「電車の安全を見守ってね」

 「こうやって通り過ぎてくれれば良かったのに」。尼崎JR脱線事故で1両目に乗っていた夫を亡くしたピアノ講師原口佳代さん(59)=兵庫県宝塚市=は、発生とほぼ同時刻に事故現場を通る快速電車に初めて乗り、車窓から衝突跡が残るマンションを見詰めた。涙をぬぐい、最愛の人が最後に見た光景を目に焼き付けた。

 14年前、夫浩志さん=当時(45)=は出勤途中に量販店へ立ち寄るため、普段とは違う時間帯の電車を使い事故に巻き込まれた。

 月命日には決まって現場を訪れた。2人の思い出の場所を訪ね、記憶をたどったが、寂しさは消えない。2009年には母淳子さんを亡くし、孤独と絶望に負けそうになる日が増えた。

 だが、同級生やピアノの教え子ら周囲が支え続けてくれた。さだまさしさんの歌にも励まされ、ファン仲間ができた。「私は恵まれている」。そう思うとふっと軽くなり「夫は心の中にいる」と感じられた。

 マンションが慰霊の場に整備されると知った16年から、4月25日には事故現場で献花をするようになった。警笛の音が聞こえると、胸が詰まる。突然、人生を断ち切られた夫は、最後にどんな光景を見たのだろうか。一瞬を共有したいと思い、乗車を決めた。

 この日、川西池田駅から1両目に乗り込んだ。あのカーブが迫る。「悔しかったよね。ごめんね。(家を出る前に)『もう少しゆっくり行ったら』と言えていれば」。思いがこみ上げ、手にしていたハンカチを握りしめた。

 尼崎駅で下車して式典に出席し、献花した。原口さんは「夫との追憶の旅もこれで終わりにするつもり」と明かした。「後悔ばかりせず、これからを一緒に歩みたい」。そばで見守ってくれていることは、もう確信している。(井上 駿)

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