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慰霊のモニュメントに向かって献花に向かう一般参列者=25日午後、尼崎市久々知3(撮影・中西幸大)
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慰霊のモニュメントに向かって献花に向かう一般参列者=25日午後、尼崎市久々知3(撮影・中西幸大)
日が落ち、明かりの浮かぶ脱線現場=25日夜、尼崎市久々知3(撮影・中西幸大)
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日が落ち、明かりの浮かぶ脱線現場=25日夜、尼崎市久々知3(撮影・中西幸大)
夕闇に包まれた事故現場。通過する列車の乗務員が黙礼していた=25日午後6時55分、尼崎市久々知3(撮影・吉田敦史)
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夕闇に包まれた事故現場。通過する列車の乗務員が黙礼していた=25日午後6時55分、尼崎市久々知3(撮影・吉田敦史)
夕闇に包まれた尼崎JR脱線事故の現場=25日午後7時1分、尼崎市久々知3(撮影・吉田敦史)
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夕闇に包まれた尼崎JR脱線事故の現場=25日午後7時1分、尼崎市久々知3(撮影・吉田敦史)
日が落ち、明かりの浮かぶ尼崎JR脱線事故の現場=25日午後7時18分、尼崎市久々知3(撮影・中西幸大)
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日が落ち、明かりの浮かぶ尼崎JR脱線事故の現場=25日午後7時18分、尼崎市久々知3(撮影・中西幸大)

 乗客106人と運転士が亡くなった尼崎JR脱線事故は25日で発生から14年となり、兵庫県尼崎市久々知3の事故現場で、初めての追悼慰霊式が執り行われた。会場は昨年整備された追悼施設「祈りの杜」で、JR西日本は来年以降もここで開催する方針。事故を伝え、風化を防ぐ手だてとして、今後、脱線車両の活用や公開の可否が焦点となるが、その扱いは見通せていない。(田中真治)

 式典では5年ぶりに遺族による「慰霊のことば」があり、斉藤百合子さん(76)=伊丹市=が犠牲となった長男の満さん=当時(37)=に「安全を見守っていてね」と呼び掛けた。遺族や負傷した被害者ら525人が参列し、午後の一般献花では821人が祈りをささげた。

 祈りの杜は、脱線車両が衝突したマンションを一部保存し、慰霊碑を設置。追悼の空間であると同時に、新聞記事などの資料展示で事故を伝える場でもある。

 「マンションと車両が同じ場所にあってこそ、事故の現場だ」と、次男の昌毅さん=当時(18)=を亡くした上田弘志さん(64)=神戸市北区=は訴える。

 事故車両は関係者にのみ公開され、7両編成のうち、損傷の大きい1~4両目は高砂市内の倉庫で保管。上田さんは、昌毅さんが乗っていた2両目の保存作業を確認するため、何度も足を運んだ。原形をとどめていないものもあるほど激しく壊れた車両を、元の状態が分かる写真と共に展示し、社員教育に役立てるべきと提言したという。

 JR西は、恒久的な保存は明言してきたが、遺族や負傷者には「見るのもつらい」「車両の話はしたくない」などさまざまな感情があり、公開の可否や場所については「すぐに結論は出せない」とする。4月の会見でも、来島達夫社長は「今年以降、課題を固めて遺族や被害者と話ができれば」と述べるにとどめた。

 マンションの北側には未活用の「余地」もあるが、JR西は現時点で「決まった方針はない」。ただ、祈りの杜は、現状で固定してはいないとも説明している。

【尼崎JR脱線事故】2005年4月25日午前9時18分ごろ、尼崎市のJR宝塚線塚口-尼崎間で、宝塚発同志社前行き快速電車(7両編成)が制限速度70キロの急カーブに約116キロで進入し脱線。線路脇のマンションに激突し、乗客106人と運転士が死亡、493人が重軽傷(神戸地検調べ)を負った。業務上過失致死傷罪で在宅起訴されたJR西日本の山崎正夫元社長は、12年に無罪判決が確定。井手正敬(まさたか)元会長ら歴代3社長も同罪で強制起訴されたが、17年に無罪判決が確定した。

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