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慰霊のモニュメントに向かって献花に向かう一般参列者=25日午後、尼崎市久々知3(撮影・中西幸大)
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慰霊のモニュメントに向かって献花に向かう一般参列者=25日午後、尼崎市久々知3(撮影・中西幸大)

 尼崎JR脱線事故後、初めて現場の「祈りの杜(もり)」(兵庫県尼崎市久々知3)で開かれた追悼慰霊式。その在り方を巡り、遺族や負傷者からは複雑な感情も漏れた。

 負傷した長男が約3年半後に25歳で自死した女性(75)=宝塚市=は25日、初めて現場を訪れた。名碑に長男の名前はない。JR西日本が記名対象を亡くなった乗客106人に限ったからだ。

 長男の死後に発症した持病が悪化し、近年は体調を崩すことも増えた。「いつ起き上がれなくなるか分からない。一度は現場で祈りたい」と思い立ち、足を運んだ。

 祈りの杜の中には多くの社員が並び、絶えず深々と頭を下げる。献花後、事故概要を説明するパネルや、追悼の品々などが並ぶ施設にも案内された。そこの年表に、愛息の死はこう記されていた。

 「事故でお怪我(けが)をされ、治療中の方が自らお命を絶たれる」

 ここでも匿名。再発防止に向けた取り組みは多く紹介される一方、被害者の名前一つ書けないのはなぜか。案内役の社員に尋ねたが、返答はなかった。

 「(長男の)命なんかどうでもいいのか。(自身も含め)手を合わせた人が、少しでも慰められる場所にできないものか」と声を振り絞った。

 長女=当時(39)=を失った丹波市の女性(80)も「現場を目の前にするとつらく、電車が行き交う中では気持ちが落ち着かない」とし、昨年までのように静かなホールでの開催を願う。

 一方、現場での式典に理解を示す声もあった。

 頭や腕に重傷を負った神戸市北区の女性(50)は「亡くなった方の思いがあるこの場所で、発生時間に手を合わせられるのはすごく意味があること」とした。

 妻=当時(63)=を亡くした西宮市の男性(79)は、祈りの杜について「JR西が遺族や負傷者の意見を一定まとめながら整備した施設」と指摘。「事故現場には真実がある。この日に祈る度に、生き残った人間はまた1年頑張ろうと思える」と話した。(篠原拓真、大盛周平、竹本拓也、金 慶順)

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